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「△さん、もうテーピングもコールドスプレーも少なくなってきたよ」
「あ、はい!ちょうどドリンクの粉も少なくなってきたので買いに行く予定でした、一緒に買ってきます。ありがとうございます、添川先輩」

 備品整理をしていたらポツポツと足りないものが増えてきた。救急バッグはまだチェックしていなかったからありがたい。メモ用紙に追加で書き、買い出し用の大きめのリュックサックにエコバッグを何個か突っ込んだ。

「コーチ、朝に言ってた買い出しに行ってきます」
「お、わかった。部費はこの封筒の中に入ってるからな」
「はい、行ってきます」

 誰か自転車を持っていればありがたいけど仕方ない。何往復かするか、とコーチからもらった部費を鞄の内ポケットの中に入れた。

「△」
「っひゃい!!?」

 さぁ!行くぞ!と意気込んで顔を上げた。そしたら目の前にどーんと存在感の塊みたいな人物が。じっと私を貫くように見つめてくるその人に、思わず足が一歩後ろに進む。

「う、牛島さん?」
「買い出しか?」
「え、あ、はい……」

 ズーンと立ちはだかる牛島さん。気分は大鷲に睨まれたスズメだ。なんと自分の存在が弱々しいものか。いやいや、ただ話しかけただけかもしれないし、きっと何か買ってきて欲しい物があるんだろう。きっとそうだ。

「えっと……なにか必要な物があったりしますか?」
「いや、特に不足はないだろう」
「さいですか……」

 ないんかーい、と心の中の大阪人がツッコミを入れた。なぜ立ちはだかる、と頭の中にはてなマークを散りばめた。もう他に牛島さんが私に声をかける理由が見当たらないぞ。

「俺はできているが、準備はできているのか?」
「なっ、なんの準備ですかッ…!?」

 心か?心の準備なのか?お前に今から試練を与える的なそんなやつか?いきなりRPGでも始まるのか???

 ごく、と生唾を飲んだ。次に発せられる牛島さんの言葉に集中した。

「買い出しだ」





「袋はご利用ですか?」
「いえ、必要ありません」

 店員さんと話す牛島さんの言葉にぽかんと口を開けた。なんだったんだ、あの茶番は。一部始終を見ていた覚先輩たちには爆笑されるし、そもそもあの私の覚悟はいかに。

「結構買ったな」
「あまりの多さにびっくりしました、中学とは桁違いです」

 スイスイとリュックに荷物を詰め込む牛島さん。結構ぐちゃぐちゃに入っているが、予想では物の位置とか整理とかものすごく気を遣っていると思っていたから意外だ。
 大きなリュックと大きな手提げ袋が三つ。リュック以外をそれを自転車のカゴと荷台にくくりつけ、大きなリュックはよっこいしょ、と背負った。大きいからちょうど荷台にも乗っかってくれて重さは半減。それでも行きと帰りでは全然楽さが違う。自転車を貸し出してくれてよかった。

「では行くか」
「行きより遅かったらすいません」
「いや、いい。自分のペースで走ってくれ。」

 牛島さんが来た理由は、自転車のスピードに合わせてロードワークをするためだった。買い出しは初だったからまさかそんなことをしているとは思わなかった。自転車に合わせるとかもうスタミナおばけすぎる。

 ガチャ、とペダルに足をかけてハンドルを強く握った。よし、と気合を入れるために息を吐く。行きます、と一声かけてからペダルに力を込めた。

「…………▽ちゃん……?」

 誰かが私の名前を呼んだなんて、その時は全く知らないままで。
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