02

卒業式を終えた三月後半。届いた真新しい制服をハンガーにかけてから何日経っただろうか。

結局、卒業するまで彼らと話すことも目を合わすことすらしなかったけど、もう北一での事は全て忘れようと決めたから、それでいい。

「お母さん、ちょっと高校行ってくる」
「どうかしたの?」
「……バレー部、行きたいの」

そう言えば、お母さんは少し悲しそうに笑った。最後の試合を見に来ていなかったのが唯一の救いだが、私の目を腫らした顔を見て色々察していたのかもしれない。

「▽…本当にバレー部に行くの?」
「うん。決めたから」

あれからパワーアップしたバボちゃんが入った紙袋を握りしめ、ハンガーにかかった制服を手に取った。硬くてほんの少し大きめのそれはまだまだ私には馴染んでくれなくて、着せてやってる感が強い。でも、それがまたいい。

「お母さん…私、似合う、かな…?」
「うん、とっても似合ってるわ、▽」

私はお母さん譲りで頑固だから、お母さんは私が決めた事は曲げないことを知っている。だから少し不安そうな気持ちをチラつかせているけど、それでも私を信じてふんわり笑うお母さんが大好きだ。

「行ってきます!」
「行ってらっしゃい、気をつけて行くのよ」

昨日買って貰ったばっかりのローファーに足を通した。すごく硬い。靴擦れしそうだ。タオルとルーズリーフと中身も新品の筆箱しか入ってないカバンは軽やかだ。

どうしよう、どうしよう、気分が上がる。嬉しい、楽しい。初めて着る自分の制服が私を主人公にしてくれているようだ。
カサカサと袋の中で揺れるバボちゃんも、口はないのに笑ってるような気がした。



「さっこーーーい!!!」
「おら声出せ一年!!!」
「ナイスキー!」
「トス低い!!」
「すいません!」
「追っかけろ!拾えるだろ!!」
「ナイスフォロー!」

高校バレーは中学とは比べ物にならなかった。まだ体育館の近くじゃないのに、バンバン聞こえるボールがぶつかる音や、怒鳴るような声。
事前に下見しておいた記憶通りの道を辿って体育館の目の前に立つ。

(男バレの、専用コート…)

うちも強豪だったから、二つあるうちの一つの体育館はほぼ自由に使えていた。でも白鳥沢は北一とは格が違う。綺麗さも大きさも何倍もすごい。

同じ制服を着た女子生徒がキャッキャと中に入って階段を上っていった。及川さんがいた時代も、こうして女の子が騒いでいたのを漠然と思い出した。
あぁ、だめだな。バレー部ってだけで、忘れたはずのあの時代の記憶が戻ってくる。

(忘れろ、思い出すな。あの頃の私は死んだんだ。)

「よし、」と意気込んで女子生徒と同じように階段を恐る恐る上った。当然だけど知らない人ばっかりで、激しく唸るような心臓が体を硬くしていく。

「…っ、わぁ…!」

破裂するんじゃないかってくらい叩きつけられたボール。あれを、つい三年前は、敵のチームとして見ていたんだ、私。
誰も触れないようなサーブも、敵を嘲笑うようなトスも、落ちたって思うようなボールが手の上で浮き上がるレシーブも、どれもこれも目が離せない。
魅了されるってこのことなんだろう。

「牛島さん!」

その声を最後に数秒後、バン…っ、と体育館が静まり返るような音を鳴らして叩きつけられたスパイクに、心臓がビリビリ震えた。
相手コートにまっすぐ落ちたそのボールがふわりと浮き上がって、私の方へと飛んできた。ここ、ギャラリーなのに。ここまで飛んでくるなんてどんなパワーなんだ。やばい、ジャパンがすごすぎる。

トン、と手の中に綺麗に収まったそれは、何ヶ月ぶりに触れただろうか。あんなにも触りたくも見たくもなかったのに、いざ手の中に収まれば恋しくて仕方ない。

「すいませーん、落としてくださーい」
「あ、は、はい!すいません!」

え、ここから落としていいのかな。いや、でも、落としてって言ってたし。え、どうしよう。失礼に値しないかな。

「ほら、早く早く」
「こ、ここから落としていいんですか?」
「うん、早く、練習の邪魔になるから」
「すいませーん」
「は、はいっ!おおお落とします!」

上級生だろうか、隣にいた人が急かすように言ってくれたおかげで、ようやく動けた。スッと手を離れていったボールはなんの迷いもなく選手の手の中に落ちた。「あざーす」と間延びするようなお礼に慌てて頭を下げれば、手摺に思いっきり頭をぶつけてしまった。
ごーーん…と情けない音とおでこへの激痛でプチパニックなる。これは……死にたい。

ぷ、と笑い声がそこらへんから聞こえて顔に熱が大集合だ。非常に死にたい。

「だ、大丈夫…?」
「は、はいっ、あのっ、さっきは、ありがとうございますっ」
「いいよ、新入生?」
「そ、そうです!今年一年で…、」
「そっか。私は今年三年だから、どこかであってわからないことがあったらいつでも聞いてね」

どこの女神だ。
ここは人間界で合ってるのだろうか。天界から視察に来たとか?ありえる。
美人で優しい先輩にもう一度頭を下げてお礼を言った。

もう一度コートに視線を落とせば、見たことがありすぎる赤髪さんが私をじーっと見ていた。……いや、かなり笑っていた。

私を指差して隣の人と笑う様子に耐えきれず、半歩後ろに下がって反対側のコートを見た。やっぱり恥ずかしくて死にたい。
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