28

「ありがと、赤倉くん!」
「大丈夫、気にすんな」

 仲良くしたいけどあんまり仲良くできていないマネ(しかも結構可愛い)に、こうもまっすぐお礼を言われて嫌な気にならない男はいないだろう。ただ倉庫からビブスを出して並べただけなのに、このくらいいつでも手伝うのにうまくタイミングが掴めなかったがようやく何かできてほっとする。

「……あー、その、体調、良くなったんだな」
「あはは、もうずっと前のことだよ?すっかり元気!」

 この前の事件のとき、当事者じゃないのに嫌に心拍が速くなったのを今でも覚えている。女の子のあんな切羽詰まった言動にも、絶対零度みたいな白布さんにもビビって、あの時の△さんの1番近くにいたのに何もできなかった。

「俺頼りないけど……なんでも言ってくれていいから、あんまり無理しないようにな」
「赤倉くんにはいつも助けられてるよ、でもありがとう」
「そんな、俺全然だし……」

 不意に視線が落ちた。どう言ってあげたらいいんだろう、何かしてあげたいのに、なにをすればいいのかわからない。そんな焦燥に駆られて言葉が詰まった。

「いつも心配そうに見てくれてるのも、私がいないところで率先して手伝ってくれてることも知ってるよ」

 ドキ、と心臓が音を立てた。びっくりして顔を上げると、ふふ、といたずらに笑う△さん。手伝ったなんてそんな大袈裟なことじゃなかったけど、なんで知ってるんだと素直に顔に出ていたかもしれない。

「ずっとお礼を言いたかったけど、なかなか話す機会無かったから」
「い、や、その、大したことじゃなかったし、」
「赤倉くんからしたら大したことないかもしれないけど、私からすればものすごーく!嬉しかったから!」

 やっとお礼が言えた、と嬉しそうな△に恥ずかしくなった。いや、でも知ってくれてて、お礼を言われるのは正直俺もかなり嬉しい。

「私が来てすぐの時から手伝ってくれてたんだもん、話しかけたかったけどタイミングなくてさ〜」
「まじか…」
「赤倉くんも練習でいっぱいいっぱいなはずなのに、私を探してる先輩を見つけて声かけてたりとか、片付けとか掃除とかも誰よりも丁寧だし、ほんとうにありがとう」

 面と向かって可愛い女の子にお礼を言われるなんてそんな経験思い返す限り多分してないから(してたとしても幼少期だ)、そのことに照れてどこに視線を置いたらいいかわからなくなった。少なくとも見返すなんてできない。

「い、や、その……ためになってたなら、よかった、」
「うん!あ、そのボールかごに戻してくるね」
「ありがとう」

 トテトテと走っていった△さんの後ろ姿をぼんやり見つめた。やばい、正直言ってめちゃくちゃ嬉しい。なんか、親密度?的なのがレベルアップしたように思えた。

(今度俺も、名前で呼ばせてもらえないかな)

 ニヤケをごまかすようにタオルで口を拭ったら、後ろから見てたらしい二年の先輩にニヤニヤした顔で背中を叩かれた。


 人が恋をする瞬間、そんなの人生でそうそうお目にかかれないだろう。まず相手が一目惚れをするような人物なのか、そもそも恋をするような人物なのか。
 男女関係なく、恋をする人はするだろう。人を好きになるまでどのくらいの時間がかかるかなんて人それぞれだ。恋をしない人もいるらしいが、個人差も大きいと思う。

「寒河江、なにぼーっとしてんだ」
「あ、わり」

 同期に急かされ、急いで近くのボールを拾ってカゴに戻す。大平さんのすげースパイクをギリギリ手に当てて地面に落としては、部活に集中しようとコートを見た。

「ナイスキー!」
「ボールもらいます!」

 カゴを押しながら声を出す▽。よろしく、と一言告げれば、はい!と部活モードな返事が返ってきた。

「△!ちょっとこっち来い!」
「はい!ごめん、カゴお願いしてもいい?」

 監督に呼ばれた▽が集めれるだけのボールを最後にかごに入れてから、それを同期に渡した。監督に呼ばれるなんて▽はよくある。駆け足でコートを出る▽に視線は向けずに、相手コートのスパイクに顔を向けた。

 瞬間。

「危ない!!」

 どこかの先輩が叫んだ。大きく起動がずれたスパイクが、ものすごい勢いで一直線に▽に向かっていった。
 声に反応して振り返る▽。あ、顔面直撃だ、と避けろと言う前に状況をやっと理解しては、そんな他人事のようなことを思った。

 バチッ…!!

「ッ、!」

 顔を守るように隠して、声も出さずにしゃがみ込んだ▽。テン、テンテン…と呑気に転がるボール。

「……おい」
「っ、ひー…びっくりした……」
「当たってないか、△サン」

 ボールは、▽には当たらなかった。ボールと▽の間にある1つの手のひら。しゃがむ彼女を見下ろすのは、この前俺と一悶着あったあいつだった。

「ありがと、キザワくん……助かった……」
「……気を付けろよ」
「うん、ごめんね?ありがとう」
「すまーん!キザワ!△さん!」
「いえ!大丈夫です!」

 ほっと一息つく。▽にボールが当たらなかったこともそうだけど、キザワと▽が近くにいるってだけで結構神経をすり減らせていた身としてはあまり近づいて欲しくないというか、何かされないかひやっとする。いや、まぁなんだかんだでキザワは直接何かをするなんてしたことないけど、もしかしたら。

「△さん、大丈夫か?」
「うん、キザワくんが守ってくれたから。心配してくれてありがと、赤倉くん」

 「うぐッ」、そんな呻き声が微かに聞こえて声の方を見れば、キザワがバレーボールに鳩尾をどつかれていた。集中しろよー、と先輩の間延びした声に苦しそうに返事をしたキザワ。もしかして、さっきの△さんの言葉に動揺した?

「……んなわけないか」
「? どうかしたのか?」
「いや、なんでもない」

 気のせいだ気のせい。あんなのよくあることだし、中学でもよくあった。……いや、まぁ中学ん時は女子が惚れるとかあった、確かにたまぁぁぁに聞く話だけど▽はいつも通りだし、あの話は都市伝説ということにしておこう。それが平和だ。

「工おらぁぁぁぁッ!!!!!今のは取れるボールだべや!!!!!」
「はい!!!!すいません!!!!!!」
「キザワもボサッとしてんじゃねーぞ!!!!!!!」
「はい!!!」

 いろいろ考えていた雑念は、監督の怒号とともに消え去っていった。触らぬ鍛治に祟りなし(天童さんの今週の座右の銘らしい)。




「……アイアンマンって結構ちっこいんだな」
「は?」
「や、なんでもねぇ」

 誰が話したのか全く気にも留めなかったが、そんな会話がどこかで聞こえた。まぁ俺らの中に混ざったら小さく見えるもんなぁ、なんて思いながら更衣室のドアを開けた。さすが仙台といったところか、ゴールデンウィークなのにまだ寒い。慣れたけど。

「あ、勇将」
「よ、▽。帰りか?」
「あとビブスとボトルを片付けるだけ〜」
「俺ビブス片付けとくわ」
「ほんと?やったね、ありがとう」
「いいってことよ」

 ▽が持っているビブスの入った籠を受け取ると、ニコニコと嬉しそうに笑う姿に少し癒された。顔がいいって徳だ。

「駅まで送るから着替えたら声かけてくれよな」
「はぁい」

 ゆったりとした返事を聞いて、倉庫へと足を運んだ。自主練で残っている先輩たちは体力お化けか何かか?と横目で見ながら、最近ほんの少し雰囲気の変わった同級生にも視線を向けた。

「自主練もほどほどにしとけよー」
「あぁ」
「はーい」
「はい!」
「……はい」

 山添さんの声に各々が返事をした。ほんの少し表情の暗い、ような五色が、俯きながら返事をしていた。

(ま、なんかあったら言ってくれるか)

 まだ知り合って日も浅いし、俺らがなんか言ったところで杞憂かもしれない。変だったら教室で話でも聞けばいいか、と倉庫の棚にビブスの入ったカゴを突っ込んだ。

「△さん、ボトルって後これだけ?」
「あ、うん!ありがとう!」

 さて、▽でも待つか、と体育館をぐるりと見渡せば、体育館の端の方、まさかの二人が横並びでボトルを運んでいた。

「……は。」

 いや、お前何してるんだ。していることに対しての疑問じゃなくて、“あの”お前がなんで▽の手伝いなんてしてるんだ。部活外で、先輩も見ていないからアピールのしようもないこの時間帯に、他の奴らもぽかんと見ているそいつはこの前俺と軽く言い合ったアイツで。

(キザワッ!!?)

「ありがとう、めちゃくちゃ助かったー」
「おう」

 でかい籠にたくさん乗ったボトルを運んでいるキザワと、その隣で片手で持てる量のボトルを運んでいる▽。珍しいどころの騒ぎじゃない。あいつあんなに▽を目の敵にしていたのに、いったいどういう風の吹き回しだろうか。

 あまりに驚きすぎて二人をガン見してしまっていた。多分今靴紐を解いている大平さんや瀬見さん、川西さんとか何人かの先輩も。

「今日はキザワくんに助けられてばっかだよー」
「別に、これくらいは」

 は、なんでなんかちょっといい感じの雰囲気なんだ。いや、二人は普通なのかもしれないけどなんかこう、なんだあれは。ちょっと腹立ってきた。つかキザワまじでどうしたんだ。

「あ、そうだ」

 ▽も普通だし、キザワはなんかちょっとよそよそしいし、…………は、まさかキザワ、え?まさかそんな……ないよな?

 うーんと頭をひねりながら制服のポケットに手を突っ込んだ▽。そんな▽をじっと見つめるキザワは、なんか緊張しているようで。

「あ、あった。レモン味の飴、好き?」
「え、す、好き、だけど」

 そう言ってキザワの制服のカッターシャツの胸ポケット。▽がカサ、とそこに手に持っていた黄色い飴らしきものを入れた。

「ありがと、今日のお礼。ナイショね?」

 人差し指を立てて唇に当て、クスッと笑った▽。いや、割といろんな人が見てたけど、そんなことなどお構いなしにキザワの持っている籠を受け取った▽がボトルを別倉庫にそれを片付けに入った。角度的に、ちょうどキザワの顔が見れた。

(あ、落ちた)

 なにに落ちたのかは、心の中の声がそう言ってから気付いた。自分はおそらく体験したことがないが、あいつの顔を見てそう確信した。

「ブフッ……!」
「ちょ、天童笑うなって……!」
「いや、だって、あれ、笑うしかないじゃん」
「……まじか」
「単純かよ」

 あぁ、見ている人たちは俺と同じように気づいてしまったんだろう。依然固まるキザワにご愁傷様、と心の中で手を合わせた。

「あれ?キザワくん帰らないの?」
「っか、帰る、ます」
「? そう?今日はありがとうね、また明日ー!」
「うん、またあした」

 おうむ返ししかできないキザワがなんともおかしくて。笑うのを必死に我慢していたら、笑顔の▽が手を振りながら小走りでやってきた。

「勇将〜!お待たせー!」
「……お前、罪作りなやつだな……」
「? わたしなんかした?」
「お前はそのままでいいからな」
「え?なに?どういうこと?」

 あんなに敵対していたキザワをたった1日で恋に落とすなんて、女の子ってのはやっぱりすげーと思った。
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