27

 同期が▽を保健室に連れて行ったのを、じ…と視線をそらさずに見送ったのが一昨日だなんて時間が経つのは早すぎる。あの後、38度を超える熱があったので帰るそうですと淡々と述べた賢二郎の表情はどこかスッキリしていて。なんかあったのかが手に取るように分かった。
 まぁ俺はなんもしてないからな、と▽の異変に気づけなかった悔しさが残ったが、なぜかあの日の帰り道、わけもわからず賢二郎にお礼を言われたのだ。さんきゅ、と。なんの脈絡もなく、▽の話題を出してすぐだった。

「……なんの礼だよ」
「別になんでも良いだろ」
「ツンデレか……ってぇ!!」

 バレーマンの(多分)全力肩ビンタはなかなかのもんだった。くるくると頭ん中にはてなが飛び散るが、それ以上話したくなさそうにしてたから放っておいた。こいつは自他共に認める対人関係不器用野郎だからな。俺が大人になるしかない。

 そう、こいつ、白布賢二郎は言葉足らずの不器用野郎なんだ。何度でも言う。勉強もスポーツもできる方だけど、対人関係は赤ちゃんレベル。今まで散々▽にどストレートをこじれさせた言葉を投げつけまくってたんだ。
 仕方ない、俺が間を取り持ってやろうなんて若干の上から目線で構えていたら、ゴールデンウイーク合宿3日目の土曜日、つまり▽の復帰日、(俺の中限定で)事を揺るがす大事件が起きたのだ。

「マネ、あとでボール出ししてくれ」
「うっ……何時頃ですか?」
「なんかあんのか?」
「ドリンクの補充と……ビブスとタイマーの準備と、洗濯物取り込んで畳むのと、あと15分したらサーブペナルティー者のとこ行かなくちゃダメで……」
「牛島さんと合わせたい、なんとかしろ」

 まず一回目の二度見。なんか普通に話しててびびった。お前らおととい体育館をどんな空気にしたと思ってんだ。氷点下突っ切ってったんだぞ、おい当人たち。どう考えてもおとといのあれから考えたら一言も喋らない流れだろ今日は。

「…………さ、……30分、待ってください、……それより早くは、難しいので……」

 これにもびびった。今までは言われた事なんでもしますってスタンスだった▽が、待ってや難しいと返したのだ。思わず2人をガン見した。後ろらへんで天童さんがめちゃくちゃ笑ってる気がするが放っておく。それどころじゃなさすぎる。

「30分でいけんのか?」
「…………ドリンクと洗濯物はするので、……ビブスとタイマーは、他の一年に、任せますっ……!」

 どうだ、すごいだろと言いたげな▽が可愛くて可愛くてにやけた。褒めて褒めてとアピールするような犬の尻尾が見える気がする。

「っぶは、」
「っ!? え、な、なんですかっ」
「はいはい、よくできました、ックク、」
「〜〜ッば、馬鹿にしてますね!?」
「ちゃんと間に合ったらもう一回褒めてやるよ」

 くすくす笑う賢二郎に俺の心は凍りついた。いやお前……笑えるのか……?なんて馬鹿な事を考えるほど一瞬にして頭がトチ狂ったように思考ができなくなった。
 いや、お前ら、なんだその仲良い感じは。いやまじで。普通どころか普通よりも何倍も仲良さげじゃねぇか。

「ッめ、めちゃくちゃ早く終わらせて、めちゃくちゃに褒めてもらいますからね!!」

 負け惜しみのようにそれだけ言ってさっさとカラになったタンクを片手に走っていった▽。賢二郎も賢二郎で、やれやれ仕方ないな、なんて言いたげな満足そうな顔して小さくため息をついている。ふざっ、ふざけんじゃねぇぞお前……ッ!!

「どういう気の回しだよ」
「は?なにが」
「なんで▽とそんなに仲良くしてんだよ」
「嫉妬かよ、醜いな」
「ひでぇ言いよう」

 思わず話しかけたが賢二郎の言うようにまごう事なき嫉妬です、はい。2年じゃ俺が一番仲よかったのにこの有様だ。なんだよ、今まで冷たかった奴が優しくなるなんてそんな、ずるいぞ!!

「別に、俺とちょっと似てる部分あったから、親近感的な」
「………………▽は冷徹鬼畜横暴キングじゃねぇぞ……?」
「お前最近喧嘩の売り方雑になってきたな」

 ゲシゲシとシューズを踏まれる。いてて、と大して痛くもない適当な反応を返した。

「キザワくん!」

 ひょっこりと外から顔を出した▽が、少し大きな声で名前を呼んだ。裏表の激しいキザワは(本人はバレてないと思ってるらしいが)こっそりと▽に当たっているのを何人かは知っている。大方、俺や賢二郎、天童さんは確実だろう。
 そんなキザワに▽が声をかけた。初めて見た組み合わせだ。ピクリと反応したのは一年連中だった。もしかしたらなんかあったのかもしれない。

「……ん?どうかしたのか、△さん」
「ローテ回ったから今からちょっと時間あるよね?倉庫のビブス、準備してもらえる?」

 それはそれはいい笑顔でニッコリと、ほんの少しのわざとらしさといたずら心を含んだような表情で。いつだったか、「▽ちゃんはちゃんと賢い子だよ」なんて天童さんが言ってたのをなぜかその時思い出した。

「……おっけー、ビブスの準備な」
「ありがと!赤倉くんもタイマーセットお願いしていい?」
「わかった、3-3だよな?」
「うん、よろしく!ありがと!」

 さっきの宣言通り、ちゃんと同期に頼んだ▽が今度は普通に笑ってまた水道に戻って行った。それにしてもキザワとは、まさかの人選に少し驚いた。

「あーやって先輩がいる前で頼んだらやってくれるってわかってたんだろうね〜」
「うおっ、天童さん」
「さすが!ビックリしてるのに全く表情変わんないね太一は!!」

 女って怖いねぇ、なんてケラケラ笑う天童さんに、▽もこの人だけには言われたくないだろうなと思った。先輩の前では好青年のようにいい奴になるキザワ。なるほど、だから俺らの前なら断らないって思ったのか。

「……ほんとにそこまで考えてんすか?」
「あったりまえだよ、▽ちゃんだもん。いい性格してるよね〜〜」

 先代のマネをふと思い出した。あの人は気持ちのいいほどいい性格をしていた。自分に敵対する人には誰よりも丁寧に、そして人目のあるところで関わる。相手が毒を吐けないよう手を回す。言い方を変えればずるい奴だなんて思われるんだろうが、俺はそうは思わなかった。▽ももしかしたらあの人を短期間で色々受け継いでるのかもしれない。

「あーららぁ、ツトムが悔しそうな顔してるや」
「……はは、自分以外に頼るようになったのが悔しいんじゃないですか」
「太一、それ自分のこと?」

 にっこりと、かつ否定を言わせない物言いだった。うわ、出た。妖怪さとったり。

「誰に頼ろうと、かわいい後輩マネが頑張ってるなら応援しかないでしょう」
「まっ、そーだよねぇ〜」

 ちゃんと本音を答えて、ふい、と視線を逸らした。前よりも随分表情の良い▽を見て、心の中でほ、と一息ついた。さて、俺もほどほどに頑張らなければ。


「ご迷惑をおかけしてすいませんでした」
「ったくこのバカ!めちゃくちゃ心配したんだからな!」
「いひゃ、いひゃいれふ……!」
「うわ、めっちゃ伸びる」
「ほうへんれふ(暴言です)」

 指で摘んで左右に引っ張ると、にょーんと餅のようによく伸びる▽の両頬。そう言えばなんか前もこんなこと言われてたな。

「もう大丈夫なのか」
「はい、しっかりお休みをいただいたので」
「本当か?」
「……ぼちぼち大丈夫です」
「あまり無理をするな。自分自身の体調管理も仕事のうちだ」
「はい、本当にすいませんでした」

 流石のがんこ娘だ。本当に理解しているのかしていないのかわからないいつも通りの真っ直ぐ発言。若利の前だから余計に小さく見える体はいつも通りピンと背筋が伸びている。

「ちゃんと監督とコーチにも言うんだぞ?」
「う……はい……」

 獅音の言葉に嫌そうな顔をした▽に、ドンマイと頭を撫でた。あの時のくたびれた表情はグッと穏やかになり、クマもかなり薄くなっている。そんな姿に少しホッとした。

「で、もう大丈夫なんだな?」

 隼人の言葉に全員が黙る。体の心配だけじゃない「大丈夫」が滲み出て、四人揃って▽を真っ直ぐ見つめた。無理をしないように、していたらちゃんとブレーキをかけれるように見てきたつもりなのに、結局全てがボロボロと崩れ落ちて一人壊れた▽。賢二郎には最後まで面倒を見るように言ったし、保健室から戻ってきたあいつはどこかすっきりとした表情だったから最悪のことはないだろう。それでも心配になるのが先輩心というもので。

「ふふっ」

 俺らの視線を見つめ返しては瞬きをして、悪戯っぽく笑う▽。あの日最後に見た笑顔とは全く違うそれに、返事を聞く前から安心した。

「ばっちりです!」

 返事はそれで十分だった。
戻る - 捲る
目次
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -