24

 寒さと暑さが入り混じり寒暖差で乱れる自律神経で不調を訴える人が増える中、体調に気をつけましょうとおきまりのセリフのようにいうアナウンサーのセリフを他人事のように聞き流していた。そんな次の日、朝起きてからの頭痛と吐き気に眉を顰めた私は、家にある薬や登校中に買った市販の吐き気止めと解熱鎮痛剤で体を騙しながらそんな状態が3日続いていた。

(全然良くならない……)

 わたししか使わない女子更衣室でこっそりと薬を飲み込み、気だるい体に鞭を打つように頬をパチンと両手で叩いた。もう今週末からゴールデンウィーク合宿が始まるのだ。そして6月からはインターハイ予選。休んでる暇なんて1日たりともないし、レギュラーに選ばれるべくどの部員たちも自分に追い込みをかけているのだ。マネのわたしが倒れるわけにはいかない。

「ぼさっと突っ立ってんなよ」
「っあ、ごめん、キザワくん、すぐ準備するね」
「おーいキザワ〜、次こっちの練習は入れ〜」
「はいっす!今行きますっ!」

 一難去ってまた一難。工と馴染めたかと思えば今度はキザワくんがよく私に当たるようになった。誰にも聞こえないようにこっそり言うもんだからちょっとむすっとしたり。

(頭痛い……)

 普段なら応援できる選手たちの大きな声や、ボールが爆発したんじゃないかと思う打撃音がズキズキと耳を通って頭を苦しめる。ふらふらするのを誤魔化すように足を振ってみたり、重心を変えてみたり。おかしいな、ついさっきお薬飲んだばっかりなのな。

「マネー、ビブスまだなんだけど」
「っあ、ごめんね、持ってくるよ」

 倉庫前に休憩している選手がいるのに、体育館の真反対にいる私に声をかけるのはなんでだ。重だるい体が苛立ちも運んでくるのを必死に抑えた。

「タオルよろしく」
「あ、俺も」
「そこ置いといたから」
「うん、わかった」
「お前らそんくらい自分でしろよなー」
「大丈夫だよ赤倉くん、すぐ終わるから」

 他の先輩は自分でしてるのに、一年生たちは全部私に任せている。同期だから頼みやすいのか、先輩たちに頼られていない私の問題なのかはさておき、優しい赤倉くんに心の中で手を合わせた。仏だ。

「……っ、」

 一瞬、ほんの一瞬しゃがんだら視界が真っ暗になった。これはまずいと倒れそうな体を誤魔化すようにその場にぺたりと座ってタオルをかき集める。大丈夫、バレてない。

「△さん、ごめんね、向こうのドリンクもう無くなってたからまた追加で入れてもらってもいい?」
「あっ、はい!わかりました!」
「マネ、タイマー」
「ご、ごめん今行くね」

 ふらふら、グラグラ、ガンガン、ズキズキ。

 タイマーの方が先だと足を踏み出した。どうしよう、走れない。早く行かなきゃダメなのに。はやく、はやく。ちゃんとしないと、私がいる意味なんてないのに。

「っあ、すいませ、」

 ドン、と誰かにぶつかった。もはや誰かなんて気にしてられるほど余裕なんてなかった。

「おい」

 でもその一言で全身が凍りつく。白布先輩だ。やばい、早くしないと怒られる。

「す、すいません、早く行きます」

 体が重い。辛い。泣きたい。倒れそう。いや、だめだ、もうすぐ終わるし、試合だからスコアつけるだけだし、大丈夫、あと少しなら動ける。大丈夫、動け体。

「お前ら、自分でビブス用意すんのもタイマーセットすんのもできねぇのかよ」

 その言葉にパッと視線を上げた。白布先輩はまっすぐさっき声を出した一年生に向かってて、一瞬で体育館の空気が凍る。

「っえ、いや、す、すいませんっ」
「タオルくらい自分で片付けろ、マネはパシリじゃねーよ」

 その言葉にびくりと何人かが体を跳ねさせた。当たり前だが、先輩たちはみんな自分の分は自分でちゃんと片付けたりしていた。でもまさか白布先輩がそんなことを言うなんて思ってもいなくて、余計に頭が混乱する。

「……△?」

 なんて反応したらいいのかわからなくて、働かない頭をフルに回転させて考えたが、それより先に体は限界が来たみたいで。

 ゆっくり一回瞬きをした。その刹那、目を開けてはみたが眼前が真っ暗になって、ガクリと体の力がぬけ、そしてまた目が閉じられた。

「っは、おい……ッ!」
「▽!?」

 工の声が聞こえて、そのあと何かに体を支えられて崩れ落ちることはなかった。
 じわじわと戻ってくる視界。脇の下に入れられている腕は細身なのにガッチリしてて。いや、それよりも。

(……ッ、やば、今一瞬気失って…っ)

 ハッと気がついて、すいませんと言いながら支えてくれた人から離れた。そこにいたのは白布先輩で。やばい、何してるんだ。どうしよう、なんて言えばいいの。

「……体調悪いのか?」
「いえ、そんなことないです、少し立ちくらみしました、すいません」
「大丈夫か▽!!?」
「うん、ごめん大丈夫。なんともないから」

 大丈夫、まだ動ける。大丈夫、大丈夫。ほんの少しざわつく体育館。なんだなんだと視線が集まる中、練習を止めてすいませんでしたと頭を下げた。ほら、まだ動ける。

「…………休んどけよ」
「大丈夫です、なんともないです」
「顔色悪いぞ」
「そんなことないです」
「保健室行けって」
「大したことないから大丈夫です」

 初めて白布先輩に言い返した言葉は自分でも驚くほど冷めていた。いや、感情をついていかせることができない。表面上だけで言葉を返していくので精一杯だった。

「▽、やっぱ体調悪いのか?」
「いえ、いつも通りです」
「少し休んだらどうだ、最近顔色が悪いぞ」
「大丈夫です、そんなことないです」

 英太先輩や獅音先輩が困ったような表情で優しく話しかけてくれるのを、バレたくない一心で冷たく返す。バクバクと心臓が拍動し、頭が痛みを主張する。
いやだ、わたしはまだできるから。

「いい加減にしろよ」

 ひゅ、と息を飲んだ。白布先輩の苛立った声に変に緊張した。身体中の血液が流れ落ちたかのように頭が寒くなる。

「体調悪いなら休め。グダグダの状態でここにいても迷惑だ」
「大丈夫です、ちゃんとできます」
「さっきからまともに動けてすらねーだろ、保健室行ってこい」
「ちゃんとします、もう大丈夫ですから、」

 そろそろやめとけよ、と太一先輩が近付いてきた。工が心配するようにわたしの名前を呼んだ。
 まだできることがあるから、やらなきゃダメなことがあるから、ちゃんとしないと、私がしないと、ここにいていい理由がなくなるから。

「っだからさっきから言ってんだろ、そんな顔で何が、」
「わたしはッ、っまだできますから…ッ!!!」

 私の腕をつかもうとした白布先輩の腕をパシンと払った。いきなり叫んだ私の声は体育館をシン…と静まり返らせ、うまくできない息の音が苦しげに響いた。
 大声を出したせいで身体が少しよろめいた。頭がドロドロと熱をもって、なんだか泣きそうになった。

 グワングワンと頭が揺れて、何も考えられなくなる。あれ、今私何したんだっけ。

「っ……、あ、す、いません……、」

 自分で自分が操れない。ただ無性にイライラして、わかってほしくて、放っておいて欲しくて、見放されたくなくて。

「……前にも言っただろ」

 私は、人よりも承認欲求が強いのかもしれない。中学のことがあったからか、誰かに必要とされないとまっすぐ立つことすらできない。

「今のお前にいられても迷惑だ」

 がらがら、と足場が崩れる音が聞こえた気がした。この感覚は久々だなぁ、なんて他人事のように思わないと狂ってしまいそうになる。感情が死んでいくのがわかった。体のだるさも相まって、息が弱くなる。

「……すいません」

 なぜか、この時の自分の口角はゆるりと上がっていた気がする。
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