23

「ごめんっ、お待たせ、」
「そんなに待ってないから大丈夫だ」

 鮮やかなピンク色の空に群青色が差し込み始めた時間、まだちらほらと部員が残ってたから最後の片付けを任せて、一足先に△さんと帰ることになった。試合の興奮が治りきってない今だから普通のテンションで話しかけられる。今しかないと思った。

「じゃあ行くか」
「うん、送ってくれてありがとう、お願いします」

 試合中に見せた笑顔とは違う、ぎこちない表情。ほんの少し澄ました顔に、緊張してるんだと漠然と思った。

「……なんか、緊張してる?」
「えっ」

 こう言う場合、そっとしとくのがセオリーなのかもしれないけど、俺はつい突っ込んでしまう。一瞬で目を泳がせた△さんをじっと見つめれば、観念したようにあはは、と諦めたような笑みがこぼれた。

「…ちょっとね」
「なんで?」
「いや、その……今まで一年じゃ勇将としか普通に話したことなかったから」

 何を隠そう、△さんは未だ部員に馴染めていない。俺らより(白布さんを除いた)先輩の方が先に仲良くなったのも話しかけづらい理由だし、なにしろあれだけ監督や白布さんに怒られまくってるんだ。まだ入学してきて周りとの関係もできていない俺らからすれば一線引いてしまうのは仕方のないことで。
 ましてやキザワみたいに思う奴もいるらしいから余計に難しいだろう。

「……ごめん」
「え、あ、ちがうの、そうじゃなくて、」
「俺の態度も絶対悪かった」

 「いや、」とか「そんな、」とか、否定しようとする△さんに申し訳なさがつのる。あー、ほんと何してたんだ、俺。

「△さんには感謝しかないから」
「そんな……これと言ったことしてないよ」
「してた。勉強とかも、マネの存在ほんと助かるし」

 監督に怒られることもだいぶ少なくなってる気がする。まぁ瀬見さんたちに頼れるようになってきているのはあるだろうけど、俺らには全然声をかけてくれない。仲良くない手前気兼ねがあるんだろうけど、でもそれじゃ嫌だ。

「……今度からは、もっと俺らのこと頼っていいから」
「…………あんな今にも倒れそうな人たちに声なんてかけられないよ」
「…………………………ガンバリマス………」

 そりゃそうか。俺ら練習きつくて死にそうだ。倒れそうどころか倒れてる奴何人もいる。その分先輩は慣れてるから余力がありそうだし、声をかけるなら必然とそうなるのは仕方ない。
 大丈夫だと堂々と言えなくて、ゴニョゴニョと視線を逸らしながら苦し紛れにそう言えば、「ぷっ、」と小さな笑い声が聞こえた。

「あははっ、じゃあ部活始まる前とかにお願いしようかな」

 あ、笑った。普通の、自然な、寒河江とかに見せる笑顔。やった、と謎の達成感に包まれながら、その嬉しい気持ちそのままに口が自然に動く。

「ま、任せろ!」
「ありがと、やさしいね、五色くん」

 今ならいけるんじゃないか。ずっとずっと言いたかったこと。言うタイミングも勇気もなかったこと。

「なぁ、あのさ、」
「ん?どうかした?」

 こてんと首をかしげる△さん。要所要所で、やっぱり女の子なんだなぁって思った。

「五色じゃ、なくて、つとむがいい」

 やべ、少しどもった。うまく口が回らない。でも言った。言ったんだ。入部すぐの時は考えられなかったけど、今は違う。
 ほんの少しのぎこちなさと、緩やかに強く脈打つ心臓の存在に逃げたくなって、でもここで逃げたらもう全部終わってしまうような怖さがあった。パチパチと不思議そうに瞬きをする△さん。でもその目がすぐゆるく弧を描く。優しげな目なのに、それがどう言う意味の笑顔なのかがわからなくて焦った。

「……じゃあ、わたしも△さんじゃなくて、▽ね?」
「! 〜〜ッ▽!!!」
「わっ、!」

 心臓がぎゅうって嬉しくなって、思わず△さん、もとい▽の手を掴んだ。▽はびっくりしたけど、俺はそれどころじゃなくてその手をブンブンと縦に振った。

「ひひっ、じゃあ改めてよろしくだね、ツトム」
「! うん!▽!」

 着替えてる途中、誰かが▽のことが好きなのかと聞いてきた。でもそれはすぐに否定した。そんな恋愛感情なんてドロドロしたものじゃなくて、もっとさっぱりした、綺麗な感情だったから。でも初めて彼女ができた中学生の時よりも、今の方が何倍も何十倍も嬉しかった。


「おはよう!!▽!!」
「? あ、工!おはよ〜」
「これ持っていくのか?」
「うん、お手伝いお願いしていい?」
「おう!」
「いやお前らどうした」
「おはよ、勇将」
「よ。」
「はよ。……なぁ、お前らどうしたんだ」

 朝練来て一発目に聞いた会話がコレだった。向こうの方では瀬見さんが吹き出したのが聞こえた。当人たちは知らないだろうが、2人とも体育館中の視線を全て集めていると言っても過言じゃないんだぞ。

「どうって?」
「いや……そんな仲良かったか?」
「ふふ、仲良しになったの」
「な!」
「あ、見て見て勇将、この髪飾り、工が昨日買ってくれたの」
「おぉ、いいんじゃね?」
「選んだのは▽だけどな」
「工が選ぶのちょっと可愛すぎると言うか……、センスはいいんだけどね」

 へぇ、そうなんだと普通に相槌をしたがそうじゃない。聞きたいことが一番聴けてない。

「ちょ、ちょっとタンマ!!」
「えっ、どうしたの」
「一個だけ確認させてくれ……」
「何をだ?」

 スゥ……ハァァ……と大きく深く呼吸する。荒ぶる心臓の上に手を置いて、覚悟を決めて口を開いた。

「お前ら、付き合ってんの?」

 シン……と静まり返る体育館。俺だけじゃない他の奴ら全員がことの結末を気にしている。当の本人たちは2人揃ってパチパチと瞬きをしては、同じタイミングで顔を合わせた。仲良しかよ。

「…………ぷっ、」
「…………ふっ、」

 そして同時に肩を震わせた。

「あははっ、付き合ってないよ〜」
「俺と▽はそんな関係じゃないからな!」

 ケラケラ笑う▽と、なぜか偉そうにする五色。なんかその顔が腹立つから思わず眉間にシワが寄った。

「え?どんな関係?」
「!? お、俺らマブダチだろ!?」
「え?そうなの?」
「違うのか!?」
「知らなかった……」
「えぇっ!?なんでだよ!」
「いいから落ち着け」

 マブダチ?五色と▽が?まじか。昨日の帰り道に何があったんだ。あんな仲の悪かった二人からは想像もできないほど軽快な会話にお手上げだと心の中で白旗を振る。五色はこういうよくわからないとこあるけど、▽もそんなやつだったとは意外だった。

「それなら勇将もマブダチだね!」

 突然呼ばれた名前に思考が止まる。え、と声を出した張本人を見れば、ニコニコと少し幼く笑う▽がいて。

「ね、つとむ!」
「……▽のマブダチ一号は俺だからな!」
「いやそこ張り合ってねーよ」

 ▽は気の許した相手にはいつもより少し子供っぽく笑う。素直というか、自然とそうなるんだろう。それがなんか俺に心を開いてんのかなとか思ったりして嬉しくもある。あとは純粋に可愛い。いろはもは綺麗系で、▽は可愛い系。俺の高校生活、こんなにに輝いてていいのか?と変なことを考えた。

「……マブダチで、仲間だろ」
「!」

 こっぱずかしいことを言ったら、▽がキョトンと目を瞬かせた。五色が何言ってんだみたいな目で見て来たけど、▽みたいにネガティヴで自己肯定感の少ないやつはちゃんと言葉にしてやらないとわかってないことがある、といろはから聞いたから。(いろは様には頭が上がらない)

「う、うん……」

 好きなんて感情は持ち合わせてないけど、恥ずかしそうに口をにやけさせる▽が可愛いなと思った。本気で照れてるの見るのは流石に初めてで、思わずぶはっ、と笑ってしまう。

「? ?? 何当たり前のこと言ってんだ?」
「お前は馬鹿だなーって思ってよ」
「はぁ!?なんでそうなんだよ!」

 五色とゲラゲラ笑ってたら、俺の他に五色と▽が仲悪いことを気にしていた心優しい赤倉がジッとこっちを見ていた。俺も手伝えたらいいのになぁとこぼしていたあいつにとって現状は羨ましいだろうから、ニヤッと笑っておいた。はぁ!?みたいな顔したから面白かった。
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