22

 鋭い笛の音が相手チームのタイムアウトを知らせた。その後に鳴るブザーの音にカラカラの喉が水分を欲していることに気づく。

「せっ、先輩すいません……」
「いいよ、試合中は時間ないからみんなで配るんだ」

 そんな会話が後ろから聞こえてきて、△さんだけじゃなくて先輩も手伝ってあっという間に選手たちに渡されたドリンクとタオルを忌々しげに睨んだ。一足遅れて、数少ないベンチの中にいる一年の俺もボトルとタオルを1つひっつかんで、汗のかいている先輩に渡した。俺も、早くそっち側に行きたい。
 スターティングメンバーは大学生相手にスコア16対13と勝っている。いくら大学生といえど、三大エースのスパイクはなかなか止められないものらしい。

「△、スコア書けてんだろうな」
「は、ハイッ」
「今日はちゃんと書けてるみたいですよ」
「普段からそうしやがれ」
「スイマセンッ」

 △さんにあれだけ啖呵を切っておきながら、自分はベンチサイドで声出し。その事実が恥ずかしくて△さんにできるだけ離れて目も合わせないようにした。
 くそ、早く俺も試合に出たい。

「工」
「っ、は、はい!」

 下を向いていた視線が監督の声でびくりと上がる。鋭い視線がじっと俺を見つめた。監督の隣、視界の端っこに△さんを映しながら駆け足で声の主に近づいた。

「準備はできてんのか」
「! はい!」
「次スタートから行くぞ」
「〜〜ッはい!!」

 うわ、来た、俺の出番だ。アップで程よく温まったのに冷えかけていた体がカッと熱くなって、心臓がバクバクと強く拍動を打ったのを感じた。初の練習試合だ。絶対にここから一気にスタメンまで上がってみせる。

「ツトム〜緊張してるんじゃないのー?」
「武者震いです……ッ!!」
「期待してんぞ、五色」
「はい!」
「いいところ見せようとしてミスんなよ」
「そ、そんなことしませんよ!」

 絶対にいいところ見せてやる。監督にも、コーチにも、先輩にも、昨日あんなことがあった同期にも。ぐ、ぐ、と関節を伸ばしながら、ちら、と監督の隣の小さな存在に視線を向けた。すると言葉なんてかけてないのに△さんも俺を見た。

(あ、笑った、)

 俺だけを見て、目を細めて口角をわずかに上げた△さん。たった一瞬、なんも考えられなくなって、慌てて視線を逸らした。なんだよ、あの顔。

「ッシ……」

 まだアップ以来ボールにすら触ってないのに、今日がイケる日だと直感した。


 キレッキレの前髪が特徴的な、初出場の一年生五色工。やっぱり他の一年に比べて頭1つ飛び出てたからどの一年よりも早い練習試合デビューだ。ただでさえレベルの高いうちでスタメンの座を奪おうとする勢いに負けてられないとレギュラー陣はいきり立っている。
 でもまぁ俺らスタメンの見解じゃ、すぐにここまで来るだろうと踏んでいる。お得意の前髪に負けないくらいのキレッキレストレートは分かっていても止められないだろう。(俺は止められるけどね!)それに守備も下手じゃないし、サーブもいけるし結構冷静なタイプだ。

「思いっきりいけよ、五色」
「はい!!」

 見ていてください牛島さん、と目をメラメラ燃やす姿は非常に暑苦しい。入部初日に「牛島さんのようになってみせます」と張り切って言ったあの言葉はどうやら本気みたいだ。相手にされてなかったけど。
 部活ではさながらワンコみたいなやつで、まっすぐで素直で従順。でもクラスでは違うらしい。二重人格か?ってなるくらいクールらしい。見たことないからわかんないけど。

「行くぞ!!」

 あぁ、なんかノってるっぽいな。外から見てるとよくわかる。でも工はノリすぎたら空回りするタイプでもあるから注意がいる。まぁ練習試合だし、どれだけミスっても鍛治くんの雷だけで済む。いやだけど。
 サーブはまさに工から。たまにホームランをかますジャンプサーブは、中学上がりの一年にしてはやっぱりかなり強いと思う。
 音もなく手から離れたボール。三年程ではないけど、フォームも安定しているし、踏み込みもなかなか。俺ジャンプサーバーじゃないから偉そうなこと言えないけど。

「ナイッサー!」

 見事に相手チームを乱したサーブ。おぉ、と仁くんが感心したように言った。なるほど、今日はカラ回らない日らしい。
 キュ、キュ、とシューズが床を滑りながら、なんとか上がったボールはそのままエースと呼ばれる人に上がる。

「ブロック二枚!」
「ちゃんと揃えろ!」

 太一と獅音くんが床を蹴った。きっちりクロスを締められたブロックは綺麗にストレート側にいる隼人くんの真ん前に叩きつけられる。

「ナイスレシーブ!」
「ッシャア!!」

 ちら、と賢二郎が工を見た。サーブ終わってすぐだけど、今日の工のキレを確認しない手はない。Aパスに戻ったボールがふわ、とアンテナに伸びる柔らかい放物線を描いた。

「五色」

 ぴったりと助走をつけた工がまっすぐ上に飛んだ。おぉ、結構飛ぶ。しかし相手ブロックもきっちり二枚揃えてきた。工の体勢がストレートだからかストレートが締められている。

「おぉ、そっちいくのね」
「え?」

 ダン、とライン上に叩きつけられたボールは、笛の音とともにうちの点数表がめくられた。アンテナと相手選手のギリギリの隙間を抜けたストレート。この針の穴を通すようなスパイクはなかなかできない。ナイスキー、そう言おうと口を開いたが、それより先に同じ単語がコートを突っ切った。

「ナイスキー!」

 今日初めて、むさっ苦しい声しか響かない中で、一人女の子の声が体育館に響いた。当の本人は声を出したことでいろんな人に見られているなんてつゆ知らず、よし、と自分のことのようにガッツポーズを決めながら嬉しそうに笑って今スパイクを打った人物を見つめていた。
 言われた本人も驚いたようだがすぐに前を向いた。にやけているのが顔を見なくてもわかる。

「はは、嬉しそうだな」
「……まだまだこれからです!」

 俺らがスパイクを決めてもスコアを書くことに必死だった▽ちゃんが、工のスパイクを見て声を上げた。たった一言、されど一言。俺も言って欲しいとこっそり太一が賢二郎に漏らしていたのをバッチリ聞き流し、なんか最近工と▽ちゃんの距離が近いことに想いを馳せた。▽ちゃんはいつもとあまり変わらないから、工の関わり方が変わったんだろうか。この前工が▽ちゃんにマジギレされた時以来だろうか。もしかしたら絆されちゃったのかもしれない。

「さっこぉぉぉぉぉぉおおい!!!!」
「五色のサーブだぞ」

 単純すぎて可愛さすら覚える。負けてらんねぇ、と隼人くんが軽快に笑って、獅音がいつもの菩薩スタイルでコートを見つめている。若利くんは安定の少しずれたツッコミ役だ。今日は珍しくまともだが。

「珍しいな、▽が声出すって」
「ねー。なんか工が選ばれた時も二人して目配せしてたし、なんかあったりして」

 工のサーブは2本目も見事に崩し、ゆるゆると返ってきたボールを若利くんがぶっ放し、またもうちの得点に。初っ端からサーブで大活躍の工は今度はわかりやすく▽ちゃんに顔を向けた。
 見てた?と子どもが親にできたことを自慢するように得意げに笑った工。目があった▽ちゃんは驚いたのか、パチパチと目を瞬かせては柔らかく笑って、内緒話をするときみたいに口の横に手を添えて、パクパクとその口を動かした。

(ナ、イ、ス、サ、ア、ブ。)

 うわ、アレはずるい。俺に向けてじゃないけどキュンとした。でも工は鈍いのか、ただ褒められたことが嬉しいのか、ふふんと口角を上げてサーブのボールをもらいに行く。ただのでかい子どもでしょ、あれは。





 そこからの工はもう絶好調も絶好調。サーブスパイクレシーブどれを取ってもスタメンと言ってもなんら遜色はなかった。鍛治くんもなにも言わないほどほとんどミスもなく魅せ続けたあの姿はきっと次の公式戦での有力候補だろう。

「今日五色やばくね」
「いつも以上に好調だったな」

 そんな噂がちらほら聞こえるけど、現にスタメンの俺らも着替えながらボソボソと話す。

「来るかなー」
「来るだろ」
「他の一年と比べて頭二、三個抜き出てんもんな」

 どうですか牛島さん!と両手を腰に当ててえへんと笑う工に、いつも通り若利クンは「何がだ」と相手にしていなかった。流石に少しかわいそう。でも工はめげずに、「次はさすがだと言わせてみます!」と堂々と宣戦布告してサラッと前髪を撫でた。それはいいけど工、後ろの賢二郎の顔すごいことになってるから気をつけて。

「ありがとうございました!」

 そんな可愛らしい声が遠くの方で聞こえた。鍛治くんの隣に姿勢を正して相手チームの監督にお礼を言う▽ちゃん。緊張しているのか、表情が硬い。でも鍛治くんとは違って和やかな監督さんは「こちらこそ」と穏やかに笑っていた。
 今日は一年生二人がなにかと目立った。絶好調だった工はもちろん、始めて応援の言葉を言った▽ちゃんにも視線が集まっていた。いつもはやらなきゃダメなことにいっぱいいっぱいで声掛けとかできていなかったのに。

「なんか▽も一歩前進、って感じだな」
「俺も言われたかったな〜、ナイスブロック!って。」
「あの一回だけだもんな、声出したの」
「あのあと交代も多かったから混乱してたもんねー」

 でも▽ちゃんが声を出した後、俺も言われないかな、とそわそわしたりチラチラベンチを見ている選手も多かったのもまた事実。みんなわかりやすくて監督もコーチもため息をついていたのがわかってこれまた笑った。

「△さん!」

 やや興奮した声がまた体育館に響く。ほんの少しだけ話し声が止んで、なんだなんだと各々が視線を呼ばれた名前の持ち主と、声をかけた張本人に向けた。
 呼ばれた子は挨拶回りが終わったのか、きょと、と顔を上げて工を見つめていた。

「終わった?」
「うん、あとはスコアをまとめるのと洗い物だよ」
「俺もうちょっとサーブ打ってていい?」
「わかった、終わったら声かけるね」
「おう!」

 おぉ、いつものワンコだ。耳と尻尾が見える。て言うかなんだ、2人でこのあとデートでもするのか??あのツンケンしてた工が完全にワンコモードになってるのが笑えて仕方ない。

「五色、お前このあとどっか行くのか?」
「? 普通に△さん送って帰るけど、なんで?」
「普通にってお前……」

 それが普通じゃないんだよって顔に書いてるのがまたおかしくて。ケタケタ笑ってたら英太くんが恐る恐るといった感じで口を開いた。

「なぁ……あいつら、付き合ってんのか……?」

 誰もが気になるその情報。まぁ前の関係を思えばあり得るわけがないけど、今日の2人を見ていればそう思えて仕方ない。とは言え俺の勘的にはそれはなさそうだけど、不安がってる英太くんがおもしろいからわざと意味深に「さぁ?」と言っておいた。余計に真っ青にさせておかしかった。
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