20

「牛島先輩、おはようございます!」
「……何時からいるんだ」
「ついさっき来たばかりです!」

「はい、五色くん。今までの授業のやつ、ちょっとまとめておいたから使って」
「……どうも」

「……▽、また昼休みに部室行くの?」
「ちょっとやっておきたいことがあるの、すぐ戻るよ」

「くぉら△ーーッッ!!!準備しとけっつったべや!!!」
「スイマセン今しますッ!!」

「あれ?▽まだ残ってたのか?」
「え、英太先輩!お疲れ様です、すいません、もう少ししたら帰ります!」

 朝は誰よりも早くて、授業も真面目に受けて、昼休みを返上してまで準備して、部活中は怒られながら体育館を駆けずり回り、帰りもかなり遅い。そんな△さんがいつ作ったと聞きたくなるようなルーズリーフにまとめられたノートに視線を落として思わず眉を顰めた。
 まだあまり打ち解けてない俺ですらわかる。目に見えて顔が疲れている。

 △さんにブチ切れられた日から、昼以外の休み時間はつきっきりで勉強を見てくれ、なんとか数学も12点以上をキープできるようになった。ここまでしてもらっているのにまだ打ち解けれてないのは、今までしたことに対する引け目だったり申し訳なさがある。せめて部活で手伝うくらいとは思うが、一年でついていくのに必死な俺にそんな余裕はない。

「へぇ、お前なんか手伝おうとかそういう気持ちあったんだな」
「……ここまでしてもらってんだから当たり前だろ」

 その旨を寒河江に相談したが、本当に意外という顔で思わず噛み付いた。俺はそんなに人でなしに思われてたのだろうか。大概酷い自覚は少しあるが。

「なんかお礼でも買うのはどうだ?コンビニのお菓子とか」
「そんなありきたりなもんで嬉しいか?」
「向こうも気兼ねしなくていいんじゃね?」



 なるほど。と部活の帰り道、コンビニに立ち並ぶ商品を上から下まで流し見する。そもそも△さんの好きなものとか当然知らないからすげー悩む。なんか買ったものが嫌いなものだったらどうしようと悩み始めればもう無限ループ。勉強以外話したことがない△さんのことなんて女子ということ以外の情報を持ち合わせていなかった。

(抹茶……は好き嫌いする人多いし、チョコ……いや甘いもの嫌いだったら……、かと言ってスナック菓子もなぁ……)

 うーんうーんと一人悩む。△さんは何が嫌いじゃないんだろうか。
 けどまぁ俺も部活終わりで頭も体もクタクタ。もうこれでいいやと適当に取ったのはなんの変哲も無い大きめのクッキーだった。値段も手頃。あんまプレーンクッキーを嫌う人はいないだろう、たぶん。

「140円です」
「はい」
「ちょうどお預かりします」
「レシートいらないです」
「かしこまりましたこちら商品ですありがとうございました」

 早よ帰れと言わんばかりのやる気のない店員の表情にローテンションで返した。ガサ、と袋の中で揺れるクッキーに明日どうやって渡そうかと頭を悩ませた。

(……あ、月バリまだ読んでない)

 寮に置いてあるが、基本先輩が先に読む。だから一年の俺が読めるのはかなり遅くなる。ついでにコンビニ来たんだからと買った後だが雑誌のコーナーに足を運んだ。そんながっつり読む予定はないから見出しとパラパラとページを捲って知ってる顔にだけ手を止めた。

(あ、キリュウ載ってる)

 ぼーっとページを眺めて見出しだけ適当に読む。特に頭に入ってこないがなんとなく立ち去るのは惜しいと思った時、少し首が疲れて上に顔を振ったら外に見慣れた顔が一つ。

(……げ、△さん……)

 うわまじかよ、と少しゲンナリした。頼むからコンビニに来ませんようにと願っていたら、そのまま彼女は早足にコンビワニを素通りしていった。良かった。顔を合わせずに済んだ。それにしてもなんで大通りじゃなくて一本それた道を歩いていたのか。

(……つかいま何時だ?)

 パッと店内の時計を見れば夜の10時前。こんな時間まで何してたんだと聞きたくなった。自主練してる俺よりも遅いなんて。△さんは寮生じゃなくて自宅から通学してるとも聞いてたし。いや、そもそも女子だし。

(……送るか……?)

 あんま仲良くない相手だがかなり世話になってる相手。何話せばいいかわからないがこんな夜道を女子1人で歩かせるってどうなんだ。いや、でも嫌な態度とったことがあるから気が引けてあんま関わりたくないし、……いやいや、もし、ないかもしれないけどもし、なんかあったら。

(〜〜っああ!クソ!誰かと帰れよ!)

 最後は思考を放棄して店を出た。むしゃくしゃする思いを抱えながら駆け足で△さんの後を追う。誰かと帰るにしても先輩はみんな揃って寮で、何人か電車通学の同期がいるけど仲良くない。こんな時間にクラスメイトなんているはずもなく、一人になるのは仕方ないっちゃ仕方ないことだ。でもやっぱなんとかならないかと思う。
 後ろを駆け足で追っていたら、びくりと肩を震わせた△さん。あの、とデカめの声を出せば△さんは怯えたように振り返った。

「ッ……あ、えっと、五色くん……?」
「△さん、こんな時間まで何してんだよ」
「び、びっくりした……誰かと思った……」

 俺の質問に答えられないほどビビってたらしい。安心したようにほっと胸をなでおろす姿はどこか守りたくなるほど小さく見えた。やっぱ女子なんだな。

「ちょっとスコアシートの内容を確認してただけだよ。五色くんはコンビニに行ってたの?」

 その質問にう、と口がへの字に曲がった。お礼のお菓子を買ってましたなんて恥ずかしくて言えない。なんとなく渡すタイミングは今じゃない気がして、ツン、とそっぽを向いた。

「……送る」
「え?」
「駅まで送る」

 たったこれだけの発言にかなりの勇気を要して思わず不器用かよ、と自分に突っ込む。やっぱり気恥ずかしくてガシガシと頭を掻いたが、言った言葉は引っ込まないし、男に二言はないと観念する。ここで引くとかダサすぎだろ。

「いっ、いいよ!そんな、もう時間遅いし、」
「だからだろ、女子一人だと危ない」
「大丈夫だよ、そんな、悪いし、」
「……いいから、行くぞ」
「え、あ、ちょ、っ」

 いつも世話になってるからとか、男がいる方が安心できるだろとか、もっと気の利かせたことを言いたかったがうまく言えない。あんなビビった反応してて大丈夫とかどんな嘘だよ。これも言ってやりたくなったが、これ以上仲を拗らせるわけにはいかないから余計なことは言わない。
 後ろから早足でついてくる△さんの足音を聞いて、少しだけだ歩幅を狭めた。どく、どく、と心臓が強く脈打つ。

「………………」
「………………」

 何も言わない△さん。当たり前だ、俺ら二人は世間話をするような仲じゃない。さっきからずっと心臓が嫌な音を立てていて、余計に何を話せばいいのかわからなくなる。

「……えっと、最近、調子どう?バレー」
「……別に、普通」
「そ、そっか、悪くないなら全然いいよね、うん、……」

 会話終了。何してんだよ俺。せっかく話振ってくれたのに。声震えてたから、緊張してたのかもしれないのに。

「五色くんのあれでいつも通りなら、調子がいいときが楽しみだよ」

 違う、緊張してるのは俺だ。別に女子と二人で帰るなんて中学ん時何回かあったけど、相手があんま仲良くない△さんってことで尚更緊張してるんだ。
 なんか話さないとと思うと、余計に何言えばいいかわからなくなる。

「…………次の試合は絶好調だから、見とけよ」

 これが、今は精一杯。

「! う、うん!楽しみにしてるね!」

 たったこれだけの会話を最後に、俺らは何一つ口を開かなかった。
 ちらほらと街灯が辺りを照らして自分の影が動くのをぼんやり眺めた。影越しでも△さんは小さくて、視界の端っこに映る頭もやっぱり小さかった。

 早く駅に着け。そうすれば、緊張から解放されるから。

(……すげー細い)

 手首から見えた時計がキラキラ街灯の光を反射して揺れる。こんな細い手で、何リットルもあるボトルを一人で運んでいるのか。それも何往復も。
 そんなの、当然他の準備が遅れるに決まってる。俺ですら重いなと感じるものをこんな細い腕が運んでるなんてなんで今更気付くんだ。なんで気付こうとしなかった、なんで気付いてしまった。

「五色くん、ねぇ、五色くん?」
「っ、は、なに、」
「もう駅着いたから、ありがとう、送ってくれて」

 悶々と考えていたらあっという間に着いてしまった見慣れた学園前駅。あ、と小さく声が出るほど驚く。着いてたのか、全然気づかなかった。

「ぼーっとしてたけど……大丈夫?」
「……おう」
「そっか。本当にありがとう、やっぱちょっと怖かったから」

 これは、△さんにしてもらってるたくさんのことの中の少しのお礼なのに。俺の方がもっと迷惑かけて、時間もらって、世話になってるのに。もっと威張ればいいのに、心の底からお礼を言うような姿にバツが悪くなる。

「……△さん」
「? どうしたの、五色くん」

 がさ、と腰のあたりで揺れたコンビニ袋。これを差し出せばいいのに、それで終わるのに、体が固まって思うように動かない。ほら、早く渡せよ、たったそれだけだろ。勉強のお礼だって、そう言えよ。

「……また、遅くなったら、送る」
「えっ、」
「じゃあ、それだけだから」

 なにしてんだ、なに言ってんだ。バカか俺は。なんで思ったことができないのに、思ってもないことは言えるんだ。もうどうしようもできなくなって、くるりと踵を返した。ちょっと、と制止をかける△さんを無視するように走って、耳にポケットに突っ込んでたイヤホンをぶっ刺して、駅から逃げるように走った。
 まだ冷たい風が頬を撫でる。不思議と寒くはなくて、むしろ心地よさすらあった。もうどうでもいい、早く明日になれ。

 手元でガサガサ揺れたコンビニ袋。寮について自室に戻った頃には中身はもうぐちゃぐちゃだったから、粉をこぼしながら頬張った。普通のプレーンクッキーの味で、特別うまいわけじゃないけど、食べたら△さんの最後に見た間抜け面を思い出して笑った。
戻る - 捲る
目次
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -