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「あ、あの、先生、」
「ん?どうした、五色、△」
「そ、その、」
「ほら、ちゃんと言わないと」
「い、今までのテストって、新しくもらえたり、できますか……?」

 昨日までの態度はどこへ行ったのか、▽に背中を叩かれて数学教師の元へ行った五色くん。

「ねぇ」
「ん?」
「五色くん、どうかしたの?」

 普通に話してても聞こえるわけがないが、あえてコソコソと勇将に耳打ちした。勇将はあぁ、なんて笑って同じようにコソコソと話してきた。

「数学のテスト、来週までの間に一回でも12点切ったら試合出させてもらえねーの」
「あ、もしかしてこの前来てた超怖い監督が?」
「そーそー。▽もとばっちり受けててさ、二人一緒に監督に怒られてたわけ」
「監督こっわ。あの五色くんがあんな態度になるとはね〜」
「いや、監督より▽の方がエグかったって五色が言ってた」
「…………まじ?」

 そうかそうかと嬉しそうな数学教師と、オドオドしてる五色を母親のように見守る▽。普通にお母さんみたいだ。なるほど、▽はキレたらやばいタイプか。

「あいつの言葉すげーグサグサきた」
「なんて言ったの?」
「んーあー、要約すると、やりたいこと全力でやるにはやりたくないこともちゃんとしろ的な」
「わお、ど正論」
「実際部活も勉強もすげー頑張ってるもんな、▽は」

 小テストも常に上位。部活で覚えることも多いだろうにどこで勉強してるのか。日に日に酷くなる隈は▽の努力と無茶の象徴のようだった。

「……ぶっ倒れなきゃいいけどねー」
「? なんか言ったか?」
「んーん。なんも。」

 トボトボと帰ってきた五色くんと、その背中を励ます▽。昨日までじゃ考えられなかった光景だ。まさか、▽と五色くんが対等に話す日がこんなに近いとは思いもしなかった。勇将に聞けば、五色くんの勉強は▽が教えるらしい。これ以上自分のしなきゃなんないことを増やしてどうする、とやはり心配になる。

「ちゃんと▽の事、見てあげてね。勇将」
「? 何をだ?」
「いろいろ」

 頑張りすぎるのだってよくない。見るからに頼り下手そうな▽のことだからいろんなことを背負いこんで、潰れてしまいそうだ。でも現状バレー部とあまりうまくいってない▽だから、それも仕方ないのかもしれないけど。

「よー、3点野郎」
「うるせぇ……」
「はい、これ私が書いてるノート。写したら返してね」
「……ありがとうございます」

 うわ、不服そう。思わず勇将と顔を見合わせて苦笑いした。

「試合出れるように頑張れ」
「……おう」

 今日1日、初めて五色くんが授業全部起きてるところを見た。▽にぶっ叩かれながらだけどうつらうつらとノートを取っている姿に少しは変わったと思わなくもない。


「やばいよな、ゴリせんせー超笑顔で竹刀振り回しながら野球部追いかけてたんだよ」
「あの先生頭いかれてるところあるもんな」
「野球部連中すげーびびってたの笑っ、た……、」

 午後の体育の授業前。つまり昼休み。賢二郎と少し早めに行って遊ぼうと体操服を置いてある男バレ部室に足を運んでドアを開けたその時。思いもよらない人物がそこにはいた。

「▽?」
「……こんなところで何のんきに寝てんだよ」

 DVDデッキのあるテレビの前で机に突っ伏している▽がいた。何してるんだ、と近寄れば、テレビからは俺らの昔の試合の映像が流れていた。

「おーい、▽〜起きないと風邪引くぞー」
「……こいつ、こんなところで何してんだよ」
「え?」

 賢二郎が机から一枚取り出した紙には、これでもかと見慣れたスコアシートが。しかもかなり新しい。昔の試合のはずなのに、とよくよく机を見れば、同じようなスコアシートが何枚もばらけていた。

「うわ、何枚あるんだよこれ」
「……試合のDVD観ながら書いてたんだろうな」

 はぁ、とため息をついた賢二郎。▽の手には三色ボールペンがギリギリ収まっていて、書きかけのスコアシートにインクの塊を作っていた。
 いやそれにしても10枚は超えそうな枚数がそこら中に散らばっていて、いつの間にこんなことをしていたんだと疑問しか浮かばない。

「知ってたか?」
「いや、初めて見た」
「昼休みに準備してるのは薄々気づいてたけどまさかこんなことしてたとはな」

 スコアシートの書き方なんて試合やってりゃ嫌でも覚える。そう言えばこの前、中学と書き方が全然違うと嘆いていた。だから変な癖のせいで慣れないと。でもまだ▽が入部して一、二週間程度しか経ってない。何をそんなに焦ってるんだとこっちが不安になる。しかもそれを全然俺らに相談しない。

「おい、こんなところで寝てんじゃねぇ」
「ちょ、賢二郎もっと優しく起こしてやれって」
「あと10分で授業だぞ、早く起きてくれないと俺らも着替えれねーよ。おい、起きろ」

 ゆさゆさと雑に▽の体を揺する賢二郎。相変わらず厳しいなぁと頭をぽりぽり掻いた。素直じゃない言い方に精一杯の気遣いが含まれてると気づいたのはいつだっただろうか。知り合ってだいぶ経った後だった気がする。

「ん、むぅ……うぇ……」
「……起きたか」
「お、やっと目開いた」
「…………しらぶせんぱ、え、たいちせんぱい……?」

 ぼーっとうすら目を開けて固まった▽。見事な間抜け面で思わずブフッと吹き出した。

「よ。▽。着替えていいか?」
「……え、あ、はい」
「…………あと10分足らずで授業だぞ」
「えっ!?そんな時間ですかっ!?」

 やばいやばいとスコアシートを乱雑に集めだした▽。ガサガサとプリントが音を立てて不揃いなままA4ファイルに押し込められた。そしてそのままテレビをブチ切り、筆記具諸々をカバンに押し込んですいませんでした失礼しましたと嵐のように去っていった。その間は1分もなかった気がする。

「台風かよ」
「寝起きの顔すげーおもろかったな」
「太一お前大概酷いこと言ってんの気づいてるか?」

 それにしても、あんなに顔色悪いやつだっけ。なんか隈ができてたし、とてもやつれているように見えた。瀬見さん達が頼ってくれないと嘆いていたが、流石にちょっとやばいんじゃないかと心配になる。

「……顔色悪かったな、マネ」
「やっぱそうだよな」

 ごそごそと着替えながら小さくため息をついた。頑張って欲しい気持ちは充分にあるが、無理をしてほしくない気持ちの方が今はでかい。ぶっ倒れる前に頼ってくれよと願いながら部活でどう声をかけようか頭を悩ました。
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