18

 朝早くから部活していれば疲れはもちろん出てくる。その疲れを癒す時間は自然と休み時間か、授業中になってしまうわけで。

「起きて、五色くん」
「…あ?」

 なんで起こした私がキレられないとダメなんだ。目つきの悪い五色くんにイラッとしつつ、もう起こしてやらない、と黒板に視線を向けた。

「じゃあこの文を……ってまたか五色ー、起きろー」
「…………はい、」

 起こして5秒で寝ないでよ……!!
 ぎゅっとペンを握りしめて苛立ちをぶつけた。それにしても五色くんは寝すぎだ。ノートも真っ白、宿題は終わってない。現国の先生はまだ優しいが、数学教師に早速目をつけられている五色くんにいつも私がヒヤヒヤする。


 そんな中、ことを揺るがす大事件が起きた。


「五色くんっ、ちょ、本気で起きて……っ!!」
「スー……スー…………」
「ゴホンッ」
「五色くん……!!!」
「ふがっ、へ、え、あ、」

 今日は新人教師の授業を見ようといろんな先生方が教室の後方に並んでいた。朝から口酸っぱく担任に言われてたのに、五色くんはいつも通りスヤスヤと眠っていた。六時間目で疲れがピークなのは仕方ないし、理解はできる。できるけど。

「いい度胸してやがんなァ、工」
「〜〜ッ!?は、え、ちょ、なんで、っ……ッか、かかか、監督……ッッ!?!?」

 そう、運の悪いことに授業は数学。五色くんの一番苦手な教科(だと思う)。しかし我らが鷲匠監督は漏れなく数学教師。しかも結構お偉いさん。もちろん新人の指導に来るのは考えられることで。

 クスクスと教室で聞こえる小さな笑い声。当人じゃなければそれは面白おかしい事件だろう。当人は……まぁ反応を見ればどれほど恐怖かわかる。

「その紙切れの点数はなんだ」
「ヒェッ……!!」

 あーあ。私もう知ーらない。
 数学の先生は毎授業ごとに小テストをする。マメで冷淡と言われているが心の中は熱血教師。今日はその先生の担当じゃないけど、新人の先生から手渡された小テストはさらに五色くんが怒られる要因になった。

「こっ、こここここれはッ…!」
「テメェだけ5点満点のテストなんか?あ?」

 ブッと吹き出したのは斜め後ろの寒河江くん。彼はそこそこ頭がいいし授業もうまいこと寝てないから大丈夫だろう。チラリと見えた点数は20点満点中15点だった。それに加えてお隣さんは…………え、3点?

「部活前に俺んとこ来い」
「………………ハイ…………、」

 ざまあみろ。内心そう思うのは仕方ないだろう。だって私はずーっと起こし続けてるし。私のテストの点数も毎回19〜20点だ。今のところクラスで5本の指に入るほど好成績。つまりこの状況で、私に非は全くないのだ。ない、はずなんだけど。

「△!!オメェもだ!!」
「えっ!?な、なななんでですかッ!?」
「連帯責任だボゲェ!!」
「れっ、え!?そ、そんなぁ…っ!」

 まさかのとばっちりに頭を抱えた。そしてそのまま苛立ちを込めて五色くんを睨みつければ、勢いよく逸らされた視線。許すまじ……許すまじ……!!

 新人の先生が苦笑いしながら授業が再開された。流石に五色くんは今から一睡もしなかった。してたら本気ではっ叩く。


「△、工」
「はっ、ハイッ」
「……はい、」

 うわぁ、これはやばい声だ。
 そう体育館中の部員が思っただろう。今にも逃げ出しそうな二人に心の中で手を合わせた。特に▽は可哀想だ。

「なぁ、寒河江」
「っ!ち、チワッス!瀬見さん!」
「あの二人、なんかしたのか?」

 同じクラスだよな?と同情する目を二人に向ける瀬見さん。あー、と言いよどんでいたら、俺が答えるよりも先に監督が声を上げた。

「工、テメェ普段の授業からあんな態度だって聞いたぞ」
「うっ、す、スイマセンッ!」
「学業疎かにして部活ができると思ってんのか?あ?」

 ご立腹な監督の発言になるほどな、と苦笑する瀬見さん。そうです。ああいうことなんです。

「△、テメェ工の隣の席なんだから面倒見ろや」
「………………ハイ、」

 納得いかなさそうにボソボソと返事をする▽。五色も流石に申し訳ないと思ってるのか、下げた頭は一向に上がる気配がない。

「え、あいつそれだけで呼び出されてんの?」
「……そうです……、」
「とんだとばっちりだなぁ…」

 そう、▽は全くもって悪くないし、むしろ毎授業五色を頑張って起こしている。寝起きで機嫌が悪く、睨まれてもだ。なんども言うが、本当に可哀想だ。

「工」
「っは、はいっ!」
「来週の試合までの数学の小テスト、12点下回ったら試合には出させねぇ」
「っ!?!?」
「△、テメェも連帯責任だ、もしコイツが寝るようなことがあったら……わかってんな?」

 キッ、とまたも▽が顔を真っ青にさせる五色を睨んだ。▽も▽でかなりご立腹らしい。しかし怒鳴り散らかさない監督を見ると逆に恐怖を覚える。

「話はそんだけだ」

 淡々と言い張る監督に▽と五色が頭を下げた。先輩たちは呑気に笑っているが、当人たちは笑い事じゃないだろう。あー、あとが怖い。

「あの、△サン」
「今忙しいから後にしてください」
「アッ、ハイ」

 いつもの形勢逆転と言ったように、▽が鋭い目つきで五色を追い払った。あんなに怒ってる▽を見るのは初めてだ。でもまぁ俺が▽の立場なら100パー一発ぶん殴ってる。

「▽って怒ったらやばそうだな」
「…………そうですね」

 なぜか嬉しそうな瀬見さんにとりあえず賛同した。やばいどころじゃないことをこの人は知らないんだろう。クラスの掃除で教室の空気が氷点下のように感じたのは生まれてこのかた初めてだ。


「五色くん」
「ハイ」

 小さな身長から圧迫されそうなほどの目力。やばい、まじでどうしよう。全面的に俺が悪いしアイアンマンの悪いところなんて微塵もない。のに、俺のせいで盛大なとばっちりを受けたアイアンマン。すげーキレてる、やばい。

 部活終わり、自主練前に呼び出された俺を遠巻きに見てはケラケラ笑う先輩や同期がチラチラ視界に入る。試合がかかってる俺にはマジで笑えない。

「何か言うことは」
「すいませんでした」

 直角90度に頭を下げた。これしかできない。土下座してもいいレベルだし、もし今後俺が粗相を犯したらアイアンマンにも被害が及んでしまう。とばっちり以外の何者でもない。

「授業、何回も起こしたよね」
「ハイ」
「毎回睨まれるけど、ちゃんと起こしてるよ」
「……スイマセン」
「……起こされるの迷惑?」
「滅相も無いです」

 いつも俺が怒ってるから怒られるの初めてだ。にしても普段の弱気は何処へやら、割とガチでキレてる。気持ちは十二分にわかる。

「せめて起きる努力はして」
「頑張ります」
「ノートもとって」
「ハイ」

 ぐうの音も出ない。でも眠いんだ、仕方ないだろ、往生際の悪くて性格の悪い俺はそんなことを思ってしまう。だって俺は選手だから朝練もきついし本当に眠い。仕方ないのは、仕方ない。

「……授業、眠いし、」
「知ってるよ、面白く無い授業たくさんあるもん」
「勉強、嫌いだし、」
「私も嫌いだよ、勉強なんて」
「……朝練、キツイし、」
「見てたらわかるよ」

 マネだから、あんまきつく無いだろ。そんなことほとんど思ってないけど、心の隅っこで思ってしまった俺は本当にどうしようもないんだろう。それと、本当にアイアンマンを認めたがらないんだろう。

「……やりたいことを思いっきりやりたいなら、やりたくないことも思いっきりやらなきゃダメなんだよ」
「……別に勉強なんて、」
「数学の先生になんて言われたか知ってる?やらなきゃダメなことを放っておいてやりたいことだけやる、そう言う人には自然と応援がなくなっていくって。部活を理由にする奴はその程度のレベルだって。」

 ビク、と肩が震えた。あまりに△さんの言葉がまっすぐ突き刺さって、俺の心のうちが見透かされてる感じがして。

「そう言われたとき、すごく悔しかった」
「△さん、」
「私は誰にもそう言う風に思われたくない。こんなすごいチームに、その程度のレベルの人がいるなんて絶対に思われたくない」
「…………ごめん、」
「……五色くんは、せっかくすごい実力もあって、それを伸ばす力も、いい環境にもいられるんだから、自分で自分の足を引っ張るようなことしちゃもったいないよ」

 優しい声だった。怒ってたのがふっと柔んで、代わりに少し悲しそうだった。実力を認めてくれている、それを伸ばせる力があると、そう言い切る△さん。本当に俺、どうしようもない。こんなに考えてくれている子を認めようとしなかったなんて。

「……△さん」
「ん?どうしたの?」
「……ごめん、頑張るから、勉強教えて欲しい」

 俺が、その程度のレベルって思われてたことに、△さんは悔しがったらしい。それがひどく情けなかった。それにちゃんとしないと、試合にも出させてもらえない。やりたいことをやるために、嫌いなことも頑張らないと。

「うん、明日から一緒に頑張ろうね」

 なんでこの子、俺らにもうこれ以上距離を置かれたくないはずなのに、俺に怒れるんだろう。心理が読めなくて、自惚れそうで、それが怖くて、また俺から視線を逸らした。
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