16

「▽ちゃーん」
「…………ハイ」
「生きてる?」
「………………イイエ」

今まで1日練習しか体験したことなかった。今日は学校が始まり、初めての放課後練。時間が短いから普段よりは楽かな、と思っていた昼休みの自分を存分にぶん殴りたい。

「今日やばかったね!」
「心折れるかと思いました……」
「▽おつかれー」
「ありがとうございます……英太先輩…………」

まず準備時間がない。休日練なら練習前、1、2時間程度早く来れば準備はできる。しかし放課後練はそれができない。選手が着替えているほんのわずかな時間に準備しなければならない。
それから時間が短いから、できる練習もぎゅっと凝縮される。次の準備が間に合わない。

過去最高に怒られまくって撃沈だ。こんなことなら今日の朝、イロハに来てなんて言わなきゃよかった。来てるの見たしボコボコに怒られてるのも見られたし。

「マネ志望って言ってた子たち、みーんな帰っちゃったよ」
「…………人員を確保したいです……」
「ブラック企業の社員みたいだねー」

そう、今日はマネ希望が5人くらい来ていた。来ていたのだ。全員入って欲しいと思いつつも説明なんてする時間がなかったから、牛島先輩に一声かけて(ちなみにその時すぐに監督に報告しなかったこともしこたま怒られた)見学だけしてもらった。しかし気づけばみんな帰宅済み。帰る時のセリフは「思っていたのと違う」なんてそんなのアリ?

体育館の壁にヘタリ込む私に先輩たちが苦笑しながら声をかけてくれる。私も思う。今日の私は悲惨すぎた。

「ま、初の放課後練だもんな」
「俺らより疲れてんねー」

反省点が多すぎて反省できない。遅いトロい早くしろ、今日1日言われ続けた言葉に耳が麻痺しているようだ。

やっとこさやるべきことを終えればもう個人練習すら終わって片付けに入った時間だ。夜の9時を回っている。

少しでも時間を作ってスコアをつける練習をしたかったのに。テーピングだって、まだ全然覚えれてない。選手の顔と名前もあやふやな人がいる。これまでの試合のデータもまとめたいし、マークしてる対戦校だってチェックしたい。宮城だけじゃなくて、全国の。インターハイはあと2ヶ月。それまでにしなければならないことが多すぎるし、できてないことも多すぎる。

(きっつ…、)

こんなに自分ができていないのがきついなんて。大丈夫だと送り出してくれた黒沢先輩に顔を向けられない。マネが新しく入らなかったのも、私が説明できてて、監督に怒られてる姿なんて見せなかったら入ってたかもしれない。

だめだ、こんなところで座り込んでる時間がもったいない。この時間に何かしないとだめなのに。

「、ぃ、……おい、▽!」
「!? っは、はい!」
「だめな時は、ちゃんと頼れよ?」

くしゃっと私の頭を撫でる英太先輩。大きな掌があったかくて、どうしようもなくそれにすがりたくなった。けど。

『バレー部の邪魔になっているので辞めてください』
『男タラシ』
『お前の存在がバレー部に悪影響』
『優しい彼らに付け込まないで』

『使えねぇのがいて困るのも俺らだからな』

まだ、頼るべきじゃない。それは甘えだ。こんな甘ったれじゃ、ただの邪魔者だ。いらない存在でしかない。

「はい、ありがとうございます!」

そんな思考回路をごまかそうと精一杯の笑顔でそう答えれば、少し腑に落ちなさそうな英太先輩。覚先輩も、困ったように笑っていた。違うんです、頼れない先輩じゃないんです。私がしなきゃだめなことだから。だからそんな顔しないでください。

「▽」
「よ、▽」
「! 獅音先輩、隼人先輩、お疲れさまです!」

ピッと背筋を伸ばして二人を見上げれば、「ん。」と片手を私に突き出した隼人先輩。どうしたんだろ?とその手を見つめていたら、今度は「手。」とまた短く言ってきた。

「て?」
「手ェだせー」
「ん、俺からも」

恐る恐る手を前に伸ばせば、カサ、と手のひらに置かれた小さなお菓子。隼人先輩の手からはパイナップルの飴、獅音先輩の手からは一口チョコが渡され、私の手の上で鎮座していた。

「えっ、これ、」
「やるよ。頑張ったで賞」
「少しずつできればいいからな」

ガシッと隼人先輩に肩を叩かれ、獅音先輩にはぽふ、と優しく頭に手を置かれた。だめだ、先輩が素敵すぎて泣きそう。

「っありがとう、ございます、!」
「ん、明日も頑張ろうな」
「なんかあったら頼れよ!」
「はいっ」

今日も帰ったらテーピングの練習だ。あとはマネの先輩たちが作ってきた試合とかのデータを見てベースを作ろう。今日でもまだやれることはある。まだ、頑張れる。頑張らなきゃ、期待に応えれるように。


「どう思う?」
「んー……ちょっと不安だな」
「獅音もそう思うのか」
「瀬見もだろ?」
「まぁな」

パタパタとまた走って更衣室に向かった▽ちゃん。その後ろ姿を眺めて小さくため息をついた英太くんに、隼人くんも獅音くんも賛同した。ちなみに俺も。

「まぁ▽がああ言ってんだ、応援してやろうぜ」
「それにしても今日はボッコボコだったね〜」
「白布ももう少し優しく言えたらいいんだけどな」
「まぁアイツは誰にでもストイックなやつだからな」

賢二郎はそうだ。自分にも他人にも厳しい。しかも表情もあまり変わらないから怖さ倍増。多分、▽ちゃんは賢二郎に前に言われた言葉を気にしているはず。それに加えてあの悪意の詰まった手紙。確実にメンタルはやられてるはずなのになかなか俺らを頼らない。どうしたものか。

「いつガタがきてもおかしくねぇぞ、あれ」
「隈出来てたしなぁ」
「でもあいつほんっと俺らのこと頼らねーよな」
「甘え下手そうな顔してるもんね」

まぁ、こんなところで俺らが会議したところで肝心の解決には繋がらない。できることといえば、できる限りのサポートとか声かけとか、そんなんだろう。あとは▽ちゃんが無理をしていないか、ちゃんと見て場合によっては無理にでも制止をしないと。

あぁ、それにしてもやっぱり、

(不器用さんだなぁ)

なにが入ってるかわからない見るからにずっしりとしたカバンを持って、▽ちゃんがパタパタと女子更衣室から出ていくのを眺めた。

「お疲れ様でした!お先に失礼します!」
「あ、ちょっと待っとけ、送ってく」
「大丈夫です!失礼します!」
「は?あ!ちょ、▽っ!」

隣で手を伸ばして▽ちゃんを止めようとした英太くん。もちろん俺らのいる場所と体育館の入り口はかけ離れているから届くわけもなく。
パタパタと駆け足で去って行ってしまったのをぽかんと見つめる俺ら。

「〜〜っ送らせるくらいさせろ!!」
「まじで帰ったんか」
「さすがにもう9時回ってるから危ないな……」
「明日からは強引にでも送らないとダメだね」

寮生じゃない▽ちゃんはもちろん実家に帰る。でも駅までそこそこ距離があるし、練習終わりだから夜も遅い。
でも送るって言ったところで断られそうだなぁ、と苦笑したのは俺だけじゃなかった。
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