15

桜が目の前を通っていった。ひらひら風に揺られて地面に吸い寄せられる光景はきっと何年見ても綺麗だと思うんだろう。

まぁ今の所毎日見ているんですがね。

(クラス、クラス……、)

新入生と桜のマークで彩られた文字の下に羅列する同級生になる人たちの名前。さすがマンモス進学校、なんクラスあるんだろう。
人混みを掻き分けて、人と人の間からなんとか文字を見る。不運にも、目の前にちょうど見えた2組ではないようだ。

(っわ、押されて……っ!)

これだけいるんだからもっと掲示の方法あったでしょ……と人混みに飲まれながら足をもつれさせて随分遠くに押し出された。せっかく入学式だからと綺麗にしてきた髪の毛はもう無駄になっている。

(もうちょっと待つか……)
「おい」
「っはい!!?」

妙に聞き慣れた温度のない声。怒られる、と反射的に身を硬くして振り返れば、そこにはいつも通り冷めた目の五色くんがいた。

「ご、五色くん、」
「4組」
「え?」
「俺と同じ、4組だった」

え、と体がまたもカチコチに硬まった。ま、まさか、五色くんと同じクラス、なんて、そんな。

「……嫌だろうけどよろしく」
「っい、嫌じゃないです!はい!あ、み、見てくれてありがとう!助かったよ!」

やば、顔に出てたかもしれない。いや、だって、先輩や部員には屈託無く笑うのに、私には一切笑いかけない五色くんなんだもん。そりゃ苦手意識はある。それこそ初対面の国見英と同等に苦手だ。怖い。

精一杯のごまかしはあまり功を成さなかったのか、ふん、とまたクールにその場を去って人混みをかき分けていってしまった五色くん。一年間、同じクラスなんて。仲良くなれるのかな。


「お、おはよう五色くん、さっきぶり、だね、」
「……隣?」
「うん、そう、みたいだね…、あはは、」

ビクビクと俺の隣の席にやってきたマネ。同じクラスだけじゃなくて席も隣かよ。俺もこいつもついてない。
練習中は邪魔なことが多い。最近はましになったが、それでもイラっとすることはあるからつい強く当たってしまう。……いや、たまにうまくいかない時にこいつがいるから八つ当たりみたいになってしまった時もあった。

「よろしく、ね?」
「……おう」

それだけ話してあとはお互い反対方向を見る。居心地の悪さはお互い変わらないだろう。俺も俺でバツが悪いし、こいつもこいつで俺をビビってる。早く席替えになんねーかな。

「たちばな、いろはちゃん?」
「イロハでいいよ」
「おぉ!名前可愛い!」
「ありがと、私もこの名前好き」

背中側では女の子の声がキャッキャと響いている。早速友達を作ったらしい。女子ってのは群れたがるからすぐに友達を作ってるイメージがある。

「私は△▽、▽って呼んで!」
「▽の名前もいいね」
「うん、私も自分の名前好きなの」

△、▽。そう言えば直で名前を呼んだことがない。最近先輩たちから▽▽と可愛がられてるみたいだが、俺を含むほとんどの同期はあまり名前を呼んだことがないだろう。同期の女の子を呼び捨てとかなんとなくハードルが高い。

(△、)

せめて苗字でくらい、と思っても口から出るのは「マネ」か「おい」。うわ、我ながら酷いな。でも「アイアンマン」と呼ぶのを我慢しているのだからそこは許してほしい。

「▽って何部に入る予定なの?」
「男バレのマネ!入学前からもう入ってるんだけどね」
「えっ、うちのバレー部めっちゃ強豪って聞いたけど……」
「うん、やばい」

話せる友達がいないから会話を盗み聞きみたいになってるのは致し方ない。つーか「バレー」の言葉には無意識に反応してしまうのだからどうしようもできない。

「イロハは何部?」
「女バス〜。選手の方ね」
「おぉ、通りで背が高めだと思った」
「もうちょい低いのが良かったけどね〜」

早く先生は来ないか。ソワついてるクラスの空気もあまり好きじゃない。それに俺自身も人見知りをする上にどうでもいい人とはあまり関わりたくないからストレートに言えばぼっちだ。一刻も早くこの状況を打破したい。

「あれ?五色か?」
「っうお、」
「同じクラスだったんだなー」
「……寒河江?」
「今名前忘れてただろ」

後ろからいきなり声をかけられた。思いもよらなかったからびびって勢いよく後ろを振り返れば、幸運にも見知った顔で心の中でホッと一息。今まさにぼっちを極めていたからこれはありがたいし、同じバレー部がいてくれるのは心強い。

「よろしくなー、席も前後だし」
「おう」
「あ。アイア、……△さんも同じクラスなんだ」
「えっ?」

うわ、まじか、そこ話振るか。やめてくれとバレないように目で訴えたが伝わらず。ていうかお前、今アイアンマンって言おうとしただろ。やめろよ、一年の間でマネをアイアンマンって呼んでるのバレるだろ。

「あ、寒河江くん、おはよう。4組なんだね」
「おー。よろしくな」
「誰?」
「バレー部の寒河江くん、…と、五色くんだよ」
「へぇ、よろしくー。私橘いろは」
「おぉ、よろしくな」

さらりと混ざってきた二人に心の中でうっと詰まる。しかも女子で一人は苦手なやつ。不幸にも四人は席が近かった。逃げれねー。

「バレー部すごいね二人とも」
「五色のがすげーよ、ベンチ入りそう」
「へぇ〜うまいんだね」
「うん、ストレートがすごいキレッキレなんだー」
「……いや、別に、」

なんだこれ。超恥ずかしい。うわぁ、中学ん時によくあったちやほやに似てる。てか、アイアンマンに褒められんのとか初めてでびびった。俺がストレート得意なの知ってたんだ。

「ストレート?」
「うん!こう、コートをまっすぐ突き抜けるように打つの!ストレートってレシーブしにくいんだぁ」
「なんかわかんないけどすごいね!」
「うん!五色くん特にそれがすごくてね、針に穴を通すようなすっごいとこ狙えるんだよ!」

うわ、待って、これ死ぬほど恥ずい。なんでそんなによく見てんだよ、俺すげー嫌な態度ばっかとってただろ。

いたたまれなくなって視線をそらせば、寒河江が苦笑いして俺を見ていた。視線がうるさい、見るな。

「寒河江くんはこう見えて冷静にコートを見て周りをサポートするタイプなんだよ」
「こう見えてってなんだよ」
「ふふ、コートにそういう人、絶対必要だからいてくれると安心するんだ〜」
「へぇ、意外〜」
「俺クールだから!」
「……ごめんそれはノーコメントで」
「なんでだよ!」

よく見てんな、と思う反面ここまで褒められると逆に疑ってしまう。取り繕ってるのか?なんて考えになってしまう俺はつくづく疑り深いんだろう。

「男バレかっこいいね!」
「今度時間があったら見に来ねー?」
「いいの?見に行っても」
「結構女子きてるし大丈夫だろ」
「うん!是非来て!」

見に来られたらお前がボロカスに怒られてるところ見られるぞ、と言いそうになった。やっぱ俺の性格は良くないと思う。特に信用していない人に対しては。

そんなこんなで駄弁っていたら、まったりとしたチャイムが教室中に響いた。8時25分。予鈴らしい。真面目なクラスメイトは挨拶をそこそこにそそくさと席に戻り、小声でクスクス会話をしている。もちろん俺らも然り。

「お前、部活と態度変わりすぎ」
「うっせ」

後ろの席の寒河江がコソコソと話しかけてきた。そんなこと俺だってわかってる。わかってるけどどうしろと。これが俺だ。

「褒められて照れてたくせに」
「〜〜っ、うっせ!喋んなよ!」

お前だってと言いたかったが、こいつは至って普通だったから何も言えず。ムカついたから前を向いて無視を決め込んだ。隣のアイアンマンはクスクスとタチバナさんとお話し中らしい。聞こえてなくてよかった。

「アイアンマンとも仲良くしろよ」
「…………お前に言われたくねぇ」

そんな日が来るのか、と俺らには見せない笑顔で笑う声を適当に聞き流した。
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