13

△さんから落ちた一枚の紙。本人は気づいてなくて、教えてあげようとそれを拾えば書いてある文字に目を見開いた。

『バレー部の邪魔になっているので辞めてください』
『男タラシ』
『お前の存在がバレー部に悪影響』
『優しい彼らに付け込まないで』

女の子っぽい文字で書かれたそれは悪意の塊だった。よく人気の部活に入った子がいじめられるのとかはあるけど、これは最速だろう。まだマネとして働いて一週間くらいしか経ってないのだ。

(どうしよっかなぁ、これ)

見てしまったからにはスルーもできないし、かと言って踏み込むのもちょっとしんどい。そこまでの仲が深まっているわけでもないから。

「どうしたんだ?こんなところに突っ立って」
「……んーん、なんでもないよ、英太くん」

その紙をポケットに入れて何もなかったように振る舞った。とりあえず、△さんと一回話してみようかなぁ、気は進まないけど。



「△さんお疲れー」
「あ、天童先輩、お疲れ様です!」

今日1日、この子はいたって普通だった。あんな手紙を読んだとは思えないほどの普通さだった。いつも通り、ミスしたらボコボコに賢二郎や鍛治くんに怒られ、紡先輩から指導を受けて、工からもイライラをぶつけられてすいませんを連発。初日に比べれば怒られるのは減った気がするけど。

「もう仕事終わり?」
「えー、あとはビブスとタオルをたたんで、乾いたボトルを回収したら終わりです!」
「そっかー」

仕事も、気持ち早くなった気がする。もう部活が終わって自主練も終わりに差し掛かっている時間帯だけど、初日から考えれば動けるようにはなっているんじゃないか。

「どうかしましたか?」
「んー、そうだねぇ、」

まだそこまで密に関わってないから、この子がどんな子なのか知りたいっていう興味の方が大きい。表面的じゃなくて、もっと、心の奥底の部分の話。

「終わったら俺とデートしよっか!」
「………………へ?」


「ここの公園、よく俺がサボりの時に使ったんだー」
「そ、そうなんですね……」
「そーそー。うちからちょっと距離があるけど人の目は少ないし自販機あるし、ボーッとするには最適なんだよ」

はい、と△さんにホットココアを渡す。三月後半はまだまだ寒い。

「すいません、ありがとうございます、いただきます」
「いえいえ」

ギシ、と古いベンチに座った。ひと一人分空いた距離。これ以上近づくと△さんも困るだろうし、俺もまだよくわからない相手にはそこまで距離は詰めたくない。

「マネの仕事は慣れたー?」
「…………お察しの通りです」
「だよねー」

少しは慣れつつある、と捉えておこう。本当に微々たるだけど、怒られる回数は減ってる。気がする。

「部員とはどう?仲良くできてる?」
「……英太先輩や獅音先輩、太一先輩とは比較的話せるようになりました、ね」
「少しずつ増やしていったらいいと思うよ、俺でもいいけど!」

明るく振舞っていい先輩を演じる。一応本心だけど、社交辞令も含んだ言葉。

「ありがとうございます、頼りになります」

なんとなく、この子は苦手だ。他の女の子ならもっと簡単に仲良くなれるのに、この子に対しては少し距離を測ってしまう。多分、悲劇のヒロインみたいな顔をして、全く悪がないような、無垢な感じが苦手なんだろう。

「……まぁ、本題に映るけどさ」
「本題……?」

ポケットに隠していたくしゃくしゃの紙を取り出した。初見ではわからなかったのだろう、首を傾げていた△さんなんだけど、その紙に書かれてある文字を見て目を見開いた。

「これ、」
「拾っちゃったんだよね〜」

手が震えてる。視線が泳いでる。動揺しているのが手に取るようにわかった。この子は結構わかりやすいからね。

「…………天童先輩が、拾っていたんですね」
「まぁ一応俺も先輩だし、こんなの見たら放って置けないからさ」
「…………他の部員の方は知っていますか?」
「んーん、俺しか見てないよ」

泣くかな。泣いて助けを求めるかな。それか顔をクシャッとして泣くのを我慢するかな。中学で会った時の、あんな顔をして。

「、あー、そうですか、ならこのこと、内緒にしててもらえますか……?」
「……いいの?俺らが手紙を渡した人達にちょっと言ったら多分丸く収まるよ?」
「いいんです、事実ですから。それにそんな手間を頼む時間がもったいないので」

最後の言葉には俺がびっくりした。時間がもったいないって、なんだ。

「不快にさせてしまいましたよね、すいません。ですが拾ってくださったのが天童さんで良かったです」

本当に安心したように、良かったというような顔。さっきみたいな動揺は微塵もなかった。さもいつも通りの雰囲気に一瞬顔が無表情になる。

「これ、どうするの?」
「え、捨てようかな、と思います」
「これから他にもこんな手紙が来るかもしれないよ」
「こんなの書かれないくらい仕事ができるように頑張ります」
「英太くんたちのこと、頼ってくれないの?」
「こういうの、及川さんがいた時からよくあったので慣れてます」

相手にしないスタンスでいくらしい。それにしても、こういうのが慣れてるってどうなの。誰かに頼ったりしなかったのだろうか。

「……慣れてても、英太くんたちはこのこと知ったら悲しむよ?」
「そうですね……あの人たちは優しい人ばかりですから」
「頼らないの?」
「私に使う時間がもったいないですよ、それにこんなくだらないことですから」

この子の自己評価、というか、自分の存在意義の低さはなんだ。どこから来てるんだ。ネガティヴな人は結構いるけど、この子ほど自分の価値を下げているのは珍しかった。自分が犠牲になればみんなが幸せになれると思っているタイプなのか。

「そんなに、身を削って楽しい?」

言った言葉にしまった、と後悔した。言葉を間違えた。これじゃ俺が△さんのことよく思ってないのがバレるじゃないか。

「……私が何に、身を削っているんですか?」
「え?」
「バレー部にですか?悲劇のヒロイン演じて人の目を惹こうとしている自己犠牲ちゃんだと思っているんですか?」

ほんの少しだけ、△さんの感情が揺れた気がした。俺が悟ることはあるけど、悟られるのは珍しい体験だったから思考が一瞬停止して、すぐに動き出す。

「今の現状、白布先輩も言うように私の存在は本当に邪魔になっていると思います。でも今のまま先輩たちの力を借りたとしても私自身は使えないままだから、何度もこんなことが起きると思うんです」
「△さん、」
「こんなのもらって平気でいられるほど能天気でも大人でも自己犠牲ちゃんでもないです。でも落ち込んでる時間があるなら一つでもできることを増やした方がいいと思ってます」

読めない。△さんのことが全然読めない。わかりやすいと思っていたのは撤回する。こんな中学上がりの一年生にもなってない子がわからないのは、初めてかもしれない。

「…………天童先輩、私のこと苦手ですよね」
「…なんでそう思うの?」
「マイナスの感情を含んだ目には、慣れてますから」

悟られるって、こんな気持ちなんだ。ドキッとして、どう誤魔化そうか必死になる。それにしても思ってた以上に△さんの頭が良かったからびっくりした。もっと能天気な、直情タイプだと思っていたのに。

「……△さん、もっと悲劇のヒロインなのかと思ってたよ」
「………………」
「助けてって言ったら、どこかで誰かが助けてくれる。自分だけ我慢してたら、我慢してるのに気づいてもらって助けてもらえる、そんなタイプかと思ってた」
「…………あながち、間違いじゃないと思いますが、」
「結構人間らしいんだね」
「えぇ……私は人間ですよ……」

誰も見たことがない△さんの本音を知った気がするし、俺の本音を知られた気がした。こんな短期間しか関わってないのに、もしかしたら俺たちは根本的なところで似ているのかもしれない。

「はぁー、こんな話になると思わなかったんだけどな〜」
「そんなに私が能天気に見えました?」
「うん。今二重人格のもう1人を知った気持ち」
「う……酷いです……」
「うそうそ、よく考えてる子なんだなってわかったから」

馬鹿じゃない。馬鹿に見せているわけでもない。人より少し物事をよく考える、普通の子。いや、むしろ人間的には賢い方に分類されるかもしれない。

「ねぇ、賢二郎とかに怒られてるの、本音はどうなの?」
「……怒られているうちが花、だと思ってます」
「あははっ、それ本音?」
「……悟るのやめてください、」
「△さん、そんな綺麗な子じゃないでしょ?」
「その言葉、他の人に言ったらめちゃくちゃ怒られますよ……」
「△さんは怒らないの?」
「言いたいことはわかるのでスルーします」

人間らしい子は嫌いじゃない。完璧な子や、完璧に取り繕う子は苦手だけど、どうやら俺の読みは珍しく外れたようだ。

「で、どうなの?」
「……怒られているうちが花、と言うのは、半分本音です」
「もう半分は?」
「…………自分がダメなのはわかってるんですが、やっぱ怖いですしこれ以上どうしろと、と思う時はあります」
「素直だね〜」
「人間ですから、そんな綺麗な性格になれないです」
「俺はいいと思うけどね、人間らしいのは」

話してみれば、案外親しみやすかった、というよりむしろ俺が好きな分類の人間だった。正しいことだけ考えてるわけじゃない、ダメなことをダメだとわかっていても考えてしまう。泥臭くて、ありのまま。

「苦手意識は晴れましたか?」

不意に言われたその言葉にまた目を丸くした。本当に俺のこともよく見ている。その観察眼が、早くマネとして活かせればいいのに、と願わざるを得ない。

「ばっちりだよ、▽ちゃん」

何一つ解決していない。この子がこの手紙をもらって傷ついた傷も癒えてないし、これからもっと酷いことが起こるかもしれない。でもまたこの子が1人傷ついてそれを隠そうとした時は、俺が気づいてあげようかな、そう思った。

「▽ちゃんも、苦手意識が晴れたらさとり先輩って呼んでね」
「ふふ、はいっ、さとり先輩!」

いろんな感情も考えも持つ▽ちゃん。ありのままに泥臭くて、不器用なところもあるのに、人のことをよく見ていて、賢い。不器用なところを抜けば、やっぱり俺に似ていると思った。
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