12

「あ、牛島先輩!おはようございますっ!」
「……早いな」
「準備があるので!」

「獅音先輩、山形先輩、おはようございます!」
「はよ、△さん」
「今日は元気そうだな」
「はい!とっても!」

「やほー、△さん」
「はよ▽、もう準備できてんのか?」
「天童先輩!英太先輩!おはようございます!」

昨日見せてくれたいい笑顔で挨拶をされればこっちの気分も良くなる。すでに出来上がってそうなタンクを見て持って行くかと声をかければ、少し慌てたが肯定の返事が返って来た。

「す、すいません、よろしくお願いします、」
「おう、こんくらいいいって」
「………………え?なんで名前で呼びあってんの?」

キタキタ。その反応を待っていた。天童にドヤ顔して更衣室に行くついでにタンクを持てば、何その顔、とちょっと引かれた。

「仲良くなったんだよ!な!▽!」
「はい!」
「大丈夫?脅されなかった?△さん」
「優しくしてもらいました!」
「そー?ならいーけどね」

天童も持てよ、と催促すれば、一年が来るよと言って後方を見た。すごい勢いで走って来る一年に苦笑いをしていたら「俺が持ちます」とタンクを奪われる。

「よろしく〜」
「はは、さんきゅ」
「あ、ありがとう」

三つあったタンクがあれよあれよと体育館内に運ばれていった。普段からそうしてくれればいいのに、となんとも言えない気持ちになったのは内緒。

「すいません、ありがとうございます、」
「俺ら何もしてねーから」
「いえ、でも、その、ありがとうございます」

ペコペコと頭を下げた▽をクシャッと撫でて、天童とそのまま更衣室に向かった。能天気なこいつはじっとその光景を見て何かを探っているようだ。読めねぇ。

「昨日何話したのー?」
「別に、なんも」
「ちょー慕われてる感あったね!」
「あいつはもともとそういうやつだろ」
「どういうやつ?」
「あー、先輩を慕う、的な」

たぶん、あってる。なのに天童がふーん、と含みのある返事をするから、変な気分になった。お前はどう見えてるんだ。

「なんだよ」
「別にー?」
「……変なこと考えてるだろ」
「英太くんの気のせいだよ」

天童が何考えてるかわからないのは今に始まったことじゃない。どうせ探ったところで返り討ちにされるからこの話はもう終わりにした。


「おい、マネ」
「は、はいっ、!」
「ドリンクまずい」
「スッスイマセンッ」

「ちょ、▽ちゃん、洗濯したやつ落ちてる!」
「はっ、すすすすいません!!」

「ここに置かれると邪魔」
「ご、ごめん、五色くん……」

「おら△!!!何回スコアミスったら気ィ済むんだ!!!」
「スイマセン!!!」
「▽ちゃん、ここはこうだから」
「ッはい!」

「ビブス、色バラバラに入れんな」
「す、すいません……、」

「タオルなんで粉ついてんだよ」
「!? すいません、!」

今日も今日とてボッコボコ。朝早くから来て準備してたのは知ってるけどそれだけで済む問題ではない。部活が始まってからが肝心だけど、相変わらず仕事の多さにはまだ慣れてないようだ。

「まぁそう怒ってやんなよ」
「甘やかしてんじゃねぇよ、太一」
「まだマネになって3日目だぞ?」
「今は邪魔にしかなってねぇだろ」

自分にも他人にも厳しい我が同胞は優しく教えるということを知らない。冷徹に、簡潔に、相手を一撃でぶん殴る、そういう男だ。
あぁ、ほら、またしょげてる。

「マネいなくなったら困るの俺らだぞ〜白布〜〜」
「使えねぇのがいて困るのも俺らだからな」
「……またすぐそういうこと言う」

俺以外の同学年が言ったところで聞きゃしない。牛島さん以外の人間の言葉はきっと入ってこないだろう。頑固なやつ。
あー、絶対今の言葉▽に聞こえてるよ。さっきより暗いし。見兼ねた黒沢先輩がフォロー出してるくらいだよ。

しょうがない、俺も慰めに行くか。

「▽ー」
「っ!た、太一先輩、」
「おーい、そんな顔すんなって」
「わ、わっ、!?」

両手で小さな頭をくしゃくしゃと撫で回した。俺の行動に周りで驚いてるやつは放っておいて、プニプニとほっぺたを優しく引っ張った。うお、すげ、めっちゃ伸びる。

「めっちゃ伸びる……」
「へ、」
「川西、それ暴言」
「あ、すんません」

逆にショックを与えてしまったようで、別の意味でしょげる▽にごめんとまた頭を撫でた。

「てか仲良くなったんだね」
「はい、ズッ友っす」
「ずっ、え、え…っ!?」
「違うみたいじゃん」
「▽……ひでぇな……」
「スイマセンッ!」

ようやく表情が柔らかくなって、1人ヨシヨシと満足する。なんとなく視界に入った同期たちは羨ましそうな顔をしていた。いいだろ、お前ら▽とこんなことできないもんな。

「ねぇ、私も紡先輩って言ってよ」
「ほっ!?」
「変な奇声だな」
「えっ、つ、つむっ、つむ…っ!」
「ツムツム先輩」
「黙れ川西」

1人真っ赤になっててんやわんやしてる▽。なんだかこの光景がいろんな人に見られてる気がするが、まぁ可愛い可愛い後輩のためなら目立ってやらんこともない。あ、今日チョコ持って来たから後であげよう。

「つむぎ、先輩……」
「………………」
「っえ!?あ、えっ、せ、先輩っ、!?」
「え、俺も抱きついていいっすか」
「野郎は帰れ」
「ひでぇ……」

感動したのだろう、無言で▽をぎゅうぎゅう抱きしめる黒沢先輩。むさ苦しい野郎にしか言われないから、とかなんとか言ってたのは聞こえないふりをした。

「後輩の女の子に言われたかったから夢が叶ったよ」
「俺も言います、紡先輩」
「むさ苦しいデカブツはいらない」
「めっちゃ暴言っすね……」
「ふ、ふふっ、」

お、あ、ちょ、笑った。
口に手を当てて控えめにクスクス笑う▽。うわ、すげ、やっと笑ったよ感動した。黒沢先輩もっと俺のこと罵っていいですよっておもわず言いたくなるくらい感激。ドMじゃないけど。

「す、すいませ、ふふ、」
「やっぱ女の子は笑ってないとね」
「黒沢先輩もこんな感じで笑ってください」
「笑って欲しいなら若さもってきて」
「すいません手遅れでした」
「はっ叩いてやろうか?あ?」

小刻みに揺れる頭にもう一度手を置いてわしゃわしゃ撫でる。うーむ、優越感と達成感。

「笑ってる方がいいな」
「えっ」
「言うねー、川西」
「って、瀬見さんが言ってたもんな」
「そこで俺を引き合いに出すな!!」
「ヒュー!英太くんかっこいい!」
「いよっ!男前!」
「かっこいいな、瀬見は」
「私服以外はね!」
「天童……!覚えとけよ……!!」

和気あいあいと空気が和んだのを感じてからさりげなく▽から離れれば、同期が羨ましそうに俺を見ていた。ので、ドヤ顔をかましておいた。

「ックッソムカつく!その顔!!」
「てめっ、いつのまに仲良くなったんだよ……!!」
「いいなぁ……俺も名前で呼ばれたい……」
「いえーい」
「表情筋動いてねぇのにドヤ顔なんが腹立つ……!!」

片手にピースを作ってヘラヘラしていたら、隣からすげー威圧を感じた。おー、恐ろしや。

「甘やかしてんじゃねぇよ」
「ま、お前もお疲れ」
「はぁ?」

怒るのだって気力体力ともにいる。それにそんだけ怒れるってのはちゃんと見てるってことと同じだ。まぁ、それでも言い方はやっぱあれだけど。

「早く馴染めたらいいな、▽」
「仲良しこよしでやってねぇだろ」
「お前後輩にはほんっと厳しいな」
「甘やかしてなんになる」

甘やかしてるつもりは微塵もないけど。まぁ賢二郎から見たらそう映るんだろう。…………いや、やっぱちょっと甘やかしてるかも。

「▽ちゃんに近づくなむさ苦しい野郎ども」
「ひでぇっす!黒沢先輩!」
「▽!近づいてもいいよな!」
「え、あ、はい、」
「嫌がってるじゃん」
「違いますよ!どう見ても同意だったじゃないっすか!」

早く、あの子が自然でいられますように。そう思うけど、もうちょっとだけこの優越感は味わっておきたいと思ったのは誰にも言わないでおく。
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