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「よし!行くか!」「ご馳走様です瀬見さん」
「野郎は却下だ」
「あっ、あのっ、お誘いいただきありがとうございます…っ」
瀬見さんの発案で急遽コンビニに行くことになった俺ら3人。正直、なんで俺まで、という気持ちだがあそこで断れば△さんが気にしたかもしれないから行くしかなかった。
『中学の話はNGだぞ』
そう事前に瀬見さんから言われてるけど、実際それがなければ何をどう話せばいいのかわからない。というか、その時点でこの子の中学時代に何かがあったのをばらしているようなものだがそれはいいのか。
「この近くのコンビニ、寄ったことあるか?」
「いえ、見かけたこともなくて…」
「△さんって家どこらへん?電車通学だよな?」
「北川駅です、電車では10分くらいの」
「まぁまぁ近いな」
「はい、でも学校から駅までがちょっと遠くて………」
「あー、学園前から歩いて15分くらいかかるもんなぁ」
俺たちバレー部は全員学校から徒歩7分の距離にある寮に住んでいる。東側にある学園前駅とは違って寮は南側だ。遠くはないが、近くもない。
寮の方向にあるコンビニはよく俺たちが利用する。今回はそこを外して駅の方面にあるもう一つのコンビニだ。
「ここだ、ここ」
「こんなところにコンビニがあったんですね…」
「大通りから外れてるから見つけにくいもんな」
「あー、腹減った〜」
「瀬見さん、俺ダッツで」
「奢られたいなら自重しろ」
「いてっ」
「△さんは好きなの選んでいいからな」
「っそ、そそそんな悪いです…ッ」
「いーからいーから、遠慮すんなって」
「△さん、ダッツ食べたいよな?」
「えっ、あ、いえっ、そんなっ、」
「後輩に強要すんな」
「いてっ」
二回ほど瀬見さんに叩かれたから2人から離れて渋々店内をぐるりと回った。何にしよう、腹減った。ぐぅ、と控えめに主張する腹は肉まんを欲しているらしい。決まった。
「瀬見さん、俺塩豚まんがいいです」
「お、肉まんいいなぁ」
「いえ、塩豚まんです」
「なんでそここだわるんだよ」
△さんはというとまだ悩んでいるらしく。アワアワとてんやわんやしながら店内に視線を配っていた。ちょっと可愛いと思ったのは心の奥底にしまっておこう。
「いきなり選べば難しいんじゃないですか?」
「あー、そうだな」
えっとえっとと悩む△さんの後ろでコソッと瀬見さんに言えば、瀬見さんも思っていたのだろう、すぐに△さんの元に向かっていった。いきなり先輩から奢ってやるは気を遣うものだ。俺でも多少なりとも気を使う。たぶん。
「△さん、飯系かデザート系どっちがいい?」
「えっ、あ、甘いのが、いいです」
「んー、じゃあな〜…、」
さすが女子だな。甘いのが好きそうな顔をしていると思った。
「シュークリーム、好きか?」
「! す、好きです!シュークリーム!」
うお、目が光った。ってくらい表情が変わった。よほど好きなのか、腹空かせてる犬の目の前に飯を置いて待てをしているような顔だ。ちょっと面白い。
「っはは、決まりだな」
明らかに「増量」と書かれたシュークリームを片手にレジに向かう瀬見さん。「いいんですか?」と控えめに申し訳なさそうな△さんに、瀬見さんが「先輩だからな」と嬉しそうに言った。俺も後輩ですけど。
流れるようにレジに行って塩豚まんと骨なしチキンを購入した瀬見さんは、そのまま「食い歩きするか」と袋をあさりながら外へ出た。まだ三月後半、寒さは厳しい。
「ん、△さんの」
「あっあああありがとうございます!!大切に食べます!!」
「いーっていーって。ほら、お前の」
「あざーっす」
「誠心誠意感謝して食えよ川西」
「もちろんですいただきます」
「いっ、いただきます!」
熱い袋をびりっと破けば白い皮の部分がひょっこり姿をあらわす。やべぇ、うまそう。早く、早く、と急く気持ちのまま湯気が立つそれに大口開けてかぶりついた。
「うまっ」
そのあと「ん?」と首を傾げた。俺が声を出したはずなのになぜか他の声も混ざっていたからだ。
3人パチパチと目を合わせれば、みんな同じようにそれぞれの食べ物を片手に(△さんは両手に)もぐもぐと咀嚼している。
「っふ、ははっ、みんな同じタイミングかよ」
「△さんもうま、とか言うんだな」
「つ、つい…すいません…」
瀬見さんがクスクス笑って△さんは顔を真っ赤にしていた。それにしても△さんの一口がでかいのは気のせいだろうか。4分の1くらいなくなってるような気がする。
「部活終わりの買い食いってうまいよなぁ」
「そっすね、奢りならなおうまいっす」
「調子いいこと言いやがって」
じゅわ、と滲み出てくる肉汁は猟奇的にうまい。このチョイスをした俺、ナイスすぎんだろ、と自画自賛していたら、△さんが静かになったのでそっちに視線を向けた。
「…………すげーうまそうに食うな、△さん」
「んぐっ、す、すいませっ、美味しくて顔が緩んじゃって、」
「そんなうまそうに食ってくれんなら奢り甲斐があったってもんだな」
咀嚼しながらふにゃふにゃ笑う△さん。幸せオーラが漂ってきて見てるこっちの腹が膨れる。うまそうに飯食う子ってかわいい。
「△さん見てたらシュークリーム食いたくなってくる」
「一口貰えばいいじゃないっすか」
「!? ど、どうぞ!!」
「お、いいのか?さんきゅ」
いや、マジで食うのかよ。普通遠慮するだろ、女の子の食べかけもらうとか。は、ちょ、瀬見さんそれあーんってやつじゃないっすか、え、なにこの距離感これが自然?
「ん、んまい」
「ですよね!」
「ほら、△さんもやるよ」
「いっいいいいいんですかっ!?!?」
なんだこのナチュラルなリア充の会話。俺いる?ここに俺の存在意義はあるのか?
「いっ、いただきますっ」
「んー」
あーんと口を開けてチキンに齧り付く△さん。それだけでもすでにうまそうで、そっからもぐもぐリスみたいに噛んでる姿はなおのことかわいい。
「川西、お前のも寄越せ」
「…………なんかしょうもないこと考えてる自分が悲しくなりました」
「? いきなりどうしたんだ?」
この人たち距離感おかしい。つかなんで瀬見さんにあーんしなきゃならないんだ。するけど。いやどうせなら△さんとあーんのしあいっこしたいってのが本音っつーかあーーーくそもうどうでもいいどうにでもなれ。
「ん、お前も食えよ」
「…………イタダキマス」
差し出された肉にかぶりつく。ちくしょう、ウメェなこのやろう。
「△さんのも一口ちょーだい」
「はいっ!どうぞ!」
身長差からか、腕を伸ばして俺を見上げるなんてすげぇナチュラルな上目遣い&あーんを一度に体験できるとは。食ってないけどすでにうまい。
「あー…ん、」
さっきまで塩っ辛いの食ってたからここで甘いのがくるともう最高。うまいしかわいいしなんかもう色々役得すぎて味のうまさより幸福感の方が上回った。
「ん、俺のもドーゾ」
「わっ、ありがとうございます!いただきます!」
遠慮50%くらいの普通の口で食べられた肉まん。もぐもぐと聞こえるくらい頷きながら咀嚼する△さんがまた可愛らしい。餌付けしたくなるタイプの可愛さだ。
「ん!まいっです!」
キラキラ目を輝かせてにやける△さん。こう、テレビで見るアイドルみたいなお淑やかでどこから見ても完璧って感じの可愛さは微塵もないが、なかなか懐かない猫が初めて懐いた時のような感動に襲われる。つい甘やかしたくなる的な。
「後輩マネって………かわいいっすね……」
「異議なし」
「えっ、えっ、」
ちょうどいい高さにあるまん丸な頭を犬みたいにわしゃわしゃ撫でる。先輩たちが撫でる気持ちがよくわかった。初の後輩マネージャーの存在がなんとかわいいことか。俺絶対賢二郎みたいにボコボコに怒れねぇわ。
「元気でたか?」
周囲に花が見えるほど幸せそうな△さんに、瀬見さんが腰に手を当ててやれやれと聞いた。そうだ、本来の目的はこれだった。
「あ、あのっ、今日は気を遣っていただき、ありがとうございましたっ、」
「△さん、もっと周りを頼ったらいいと思う。タンクとか運ぶの大変だろ?」
「いえっ、あの、選手の邪魔になってしまうので、その、」
「なんねーよ、少なくとも、俺ら2人はな」
な?とイケメンな笑顔でそう問いかけられれば肯定しかできない。というより、部活中もどうにかして手伝おうとしてはみたがことごとく断られたから本音では手伝ってあげたいのだ。
「いつでも呼んでくれていいから」
「っあ、えっと、ありがとう、ございます、瀬見先輩、川西先輩」
あー、これは納得してない顔だ。悲しそうに眉を下げてボソボソという姿に瀬見さんも困った顔をした。この距離感、どうしたものか。
「本当に、言葉をかけてくれるだけでとても嬉しいです、あまり部員の方とはまだまだ馴染めてないので、」
「まぁ、俺ら二、三年も初の後輩マネだからな。一年は一年で緊張してるやつ多いし」
「獅音先輩には、まだお話ができるんですがね、あはは………」
それもそのはず、大平さんはちゃんと△さんのことも見てるし影でサポートもしている。大方、俺らと同じく心配で見てられなかったんだろうがあの人の穏やかさというか声のかけやすさは部員ナンバーワンだ。さすが副部長。
「ん〜……呼び方、か?」
「へ?」
「え、いきなりどうしたんですか瀬見さん」
1人ウンウン唸っているなと思っていたら、突拍子もない言葉が飛んできた。俺も△さんも頭にはてなマークが飛び交った。
「獅音のことは名前で呼んでるだろ?俺らのことも名前で呼んでみろよ」
「え、いや、獅音先輩は苗字を知らないといいますか、」
「獅音の苗字は大平、な。ちなみに俺は瀬見英太。こいつは川西太一。」
△さんの頭上にクルクルとはてなマークが見える。混乱してるけど、まぁ俺らもずっと△さんって呼び方だから距離が縮まらないってのは一理ある気がする。
「じゃあ俺、▽って呼ぶことにします」
「えっ、は、はいっ!」
「だから▽も、苗字じゃなくて名前で呼んだらちょっとは距離感近づくんじゃない?」
「な、名前、」
「おー、いいな、俺も▽って呼ぶわ」
うわぁ、後輩の女の子呼び捨てにしちゃったよ。でも▽ちゃんって呼ぶのもなんか変態チックで嫌だ。
どうするかな、と顔を少し赤らめた△さ、…▽。まぁそりゃいきなり名前で呼べなんてなかなか勇気がいるのかもしれない。ちなみに俺は少し勇気が必要だった。
「た、たいち、先輩、」
「おう」
「えいた先輩」
「ん、そっちのがいい」
やべ、太一先輩だって。うひゃー、照れながら言われるとなんかこっちも照れるわ。さすがの瀬見さんは普通だけど。よく学校の後輩から言われてるっぽいし。
「太一先輩、英太先輩」
「ん?どうした?」
あ、笑った。
「今日は、ありがとうございました。また明日から頑張れそうです」
めっちゃ美人とかかわいいわけじゃない、いたって普通の女の子。でも今日一日ずっとしょげてて、やっと帰り道に見れた笑顔。なんか貴重な感じがしてすげー感激。この笑顔のためなら、あの気まずくなった水道での出来事もチャラにできよう。
「▽は笑ってた方がいいな」
「へっ、」
「うわ、そういうこと言う」
「え、なんだよ」
さすがモテ男の瀬見さん。ただでさえイケメンなのにサラッとこう言うことを言うからファンが絶えないんだよ。ほらもー、▽の顔赤いー。ただ1人の貴重なマネがいきなり惚れたらどうするつもりだ。俺泣いちゃう。
「わ、笑っていられるようにがんばります!」
「全部に頑張らなくていいと思う」
「頑張りすぎていっぱいいっぱいになってるのは目に見えてわかるからなぁ」
「う……そんな風に見えてたんですね……」
「いや、実際そうだろ」
しょげたり、笑ったり、表情筋がよく働く▽。暗いよりずっといい。正直、慌ててるか困ってるか申し訳なさげに眉を下げてることが多いから明日は少しでも笑ってくれたらいいなぁ、なんて瀬見さんと大差ない思考回路になった。
「困ったら、あの、声かけてもいいですか……?」
さっきとは違ってオドオドしてるけど、柔らかい顔だった。うん、これなら良し。
「任せろ」
重なった二つの声を聞いて、▽はまたふわっと笑った。この顔は、いい顔だ。
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