09

第一印象はドジ。第二印象はそこそこかわいい。第三印象はアイアンマン。
そんな同級生の女の子が大勢の部員の前でカタカタ震えながら直立しているもんだから流石に可哀想に思えた。

「五色、あのアイアンマンちゃんって俺らと同期だよな?」
「…………へぇ、」

「ま、マネ志望の△▽ですッ、中学は北一で男バレのマネやってまっしゃッ」

噛んだ。
ぶぶ、と笑う天童さんにつられて何人かが吹き出したが、ほとんどの人は苦笑いや冷めた目で見ていた。鈍臭そうな子がマネージャーか、と少し心配になるけど、バレーの邪魔にならなければいいやと一人視線を他に向けた。

そんなことを思っていた昨日が腹立たしい。

「▽ちゃんドリンクの数足りてないし後味が濃すぎるよ」
「ッすいませんすぐ作り直します!!」

「マネー、ビブスカゴん中入ってないんだけど〜」
「▽ちゃんビブスは朝にやってって言ったよね」
「あっ、ススススイマセンッ」

「洗濯機設定間違ってない?まだ回ってたよ」
「すいません見てきますッ」

「ちょ、タイマー間違ってる!!!」
「!? あっ、え、あ、すっスイマセンッ!!」

今日は北一のジャージを着た一年のマネは練習が始まる前から始まってからも怒られっぱなしだった。ちなみにタイマーのミスは俺らの走る時間が伸びたからキレそうだった。

「▽ちゃん」と徐々に声が怖くなる黒沢先輩に俺たちも少しびびった。きっと当人はもっとびびってるんだろうけど。

「もう少しゆっくり教えてやれよー、黒沢〜」
「私、明日来れないから今日で叩き込めるだけ叩き込まなきゃダメなの」
「あ〜〜…頑張れ、△さん」

白鳥沢は部員も多い。そのくせ黒沢先輩を除いてマネージャーは一人もいなかった。中学でマネ経験者の△さんですらてんやわんやするほどの忙しさだから、昨日の今日で完璧に仕事をこなせなんて無茶な話なのはわかってる。

「ドッ、ドリンクと、タオル、準備できました、!」
「監督もうすぐ来るけどベンチの用意は?」
「ッッ!!行ってきま、「あと、ビブスももうすぐ使うしボールも周りに転がってるから拾わないと選手が怪我するよ。それと多分今日はゲームするからスコアの書き方も教えるからスコアシート何枚か用意してって言ったのは準備できてる?」

スイマセンッ、と本日何回目か数え切れない言葉を言って息を切らしながらまた体育館の端っこを走り回るアイアンマン。でも今日は黒沢先輩がいるからいいけど、明日いないと思うとゾッとする。サポートしてくれる人がいないからもっと酷いミスをしそうだ。

「△さん、マネから見てどうなんだ?」
「昨日の今日にしてはよくやってると思うよ。さすが北一のマネだね」
「へぇ、あれでか」
「でもウチじゃまだ全然だめ」

ピシャリ、と言い切った黒沢先輩。さすが三つも上となると貫禄が違う。明日いないの嫌だなぁ、と心の何処かで思っていたら、そんな俺の邪な考えを天童さんに指摘された。

「ツトム、考え事なんて余裕だね〜」
「えッあ、スイマセン!!」
「うんうん。一年マネちゃんが気になるのはわかるけど、若利くんを超えるなら若利くんをもっと研究しなきゃだめだよ?」

つい疲れのせいでバレーから意識が逸れてしまった。クソ、あのアイアンマンのせいだ。切り替えるためにパチ、と両頬を叩いて、超えるべき大エースに視線を向けた。


「うちの書き方はこれだけど、中学はどうだった?」
「……中学のより、細かいです」
「そっか。ちゃんと見とかないと書けないから頑張って覚えてね」
「ハイ、」

今日一日ダメダメだった。何がダメってもう全てが。言われたことをできてなかったり、全部の用意も遅いしミスも連発。オマケにテーピングの方法も覚えたと思ったのが直前で吹っ飛んで先輩にしてもらうことになった。
最も死にたいと思ったのはタイマーのミスだったけど。

(スコアのつけ方が全然違う……!!)

黒沢先輩に手伝ってもらって、ギリギリ監督のベンチは出せたけど次に作ったドリンクは薄過ぎて粉を足すことになったり、タオルの洗濯が終わってたのに干していなかったりとできなかったところしかなかったが、一番指摘をされたのはスコアのミスだった。

「ここ、4番だったよ」

「あれはAで得点されたよ」

「サービスエースの書き方はこれでノータッチはこれね」

「そこ間違ってる」

三年間で慣れ親しんだスコアシートがパワーアップして帰ってきた。全国の中学、高校と統一してくれとバカみたいな祈りを心の中でしつつひたすら試合を見て、書いて、見てもらって、コメントをもらった。心が折れる暇すらない。

「▽ちゃん、ドリンクとタオルの準備するよ」
「あ、ハイッ!」

25点目が入った時のスコアをえっと、えっと、と悩みながらつけていたら、さっさと書き終えた黒沢先輩がドリンクを持って部員に配り始めた。早すぎる。

「▽ちゃーん」
「ハイタダイマッ!!」

ちょっとぐちゃっとした書き方になったが、ようやく書き終えてボトルとタオルを引っ掴んだ。名前を見れば「山形」の文字が。良かった、知ってる人だ。

「山形サンッ!」
「お、▽ちゃんサンキュ。マネはどうだ?」
「う………まだ全然です……」
「まぁ二日目なんだからあんま焦んなよ〜」
「は、ハイッ!」

失礼しますと頭を下げてまたボトルを取りに行った。黒沢先輩は一人一人に声をかけながらもしっかり仕事をこなしている。私と何が違うんだろう。

「早くしてくれね?」
「ッす、すすすすいませんッ!!」

前髪ぱっつんの2年正セッター、確か名前は…

「白布」
「ッ、スイマセンッ!!」

白布と書かれたボトルとタオルを掴んで手渡しに行けば、フン、と冷めた目で見られた。ちょっとこわ、…いや、かなりクールな人だ。

次に取ったボトルには「五色」と書いてある。初めて見た名前でなんて読むんだろうをそのままでいいのかな。

「ご、しょく…?さん?」

名前と顔が一致しないから恐る恐る呼んでみれば、前髪ぱっつんの人が「俺」とこれまた冷めた目で手を挙げた。またクールな人で、キュッと体を硬くしたまま近くに走っていった。

「えっあ、どうぞっ」
「…………ごしき」
「え?」
「ごしきって読むから」

お、惜しい…!
すいません、と頭を下げれば「いいけど、」とあまり良くなさそうな返事が。本当にごめんなさい。

「えっと、…五色さん」

なんとなく幼い顔だから同級生かもしれないが、それで先輩だったとなるとシャレにならないからとりあえず全員にさん付けで話しかけている。まだミスはない。

「俺、同い年」
「っあ、そうなんだ、じゃあ五色くん、だね」
「……ま、いいけど」

これ戻しといて、とタオルとボトルを渡されたので慌てて受け取った。やっぱり五色くんはクールだ。

「…………なに、そんなにジロジロ見て」
「えっ、あ、えっと、」

何か一言、なにか、
こんな時、黒沢先輩はなんて言うんだろうか。

「が、んばってね、五色くん、応援してる」

なんとありきたりな。応援してるってなんだ。いや、言葉が出ただけでも偉い。とは言え頑張ってる人になんて声かけを。もうだめだ出た言葉が引っ込んでくれればいいのに。

「…………おう」

やっぱり五色くんはそれだけで、あとはぴゅーっとコートの方へ行ってしまった。コミュニケーションとは難しい。こんなんじゃチームを支えるマネージャーなんて到底無理だ。

「▽ちゃーん、試合始まるから用意して〜」
「っは、はい!今行きます!」

やっぱ明日、黒沢先輩がいないのを考えるとゾッとした。
戻る - 捲る
目次
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -