06


 毎日帰宅後にゲームをプレイして、「よしのれいこ」と一日分の会話をする。翌日には前日プレイした分の会話を実物の芳野麗子と交わし、親交を深める。
 こうしてボクは順調に芳野麗子と仲良くなっていった。
 社交能力に乏しいボクではあったが、あらかじめ予定されている台詞を読み上げるだけで良かったため、会話に詰まることはなかった。
 地味で目立たないボクが学年のアイドルと急激に親密になっていくことを不審がる生徒は多かったが、ボクが誰かの目の敵にされることはなかった。
 ボクが芳野麗子のお気に入りだからだ。
 ボクをおとしめる行為は確実に芳野麗子の反感を買う。逆にボクと行動を共にすれば、彼女に近付くチャンスもあるかもしれない。いままでボクの存在に気付きもしなかったクラスメートが、途端にボクに媚を売り出すのがおかしくて堪らなかった。
 そして芳野麗子と知り合って半年が経過した今日。ボクは彼女に呼び出され放課後の美術室にいた。
「どうしたんだ? こんなところに呼び出したりして」
 窓の外を眺めたまま、室内に入ってきた気配に声をかける。振り向く必要などなかった。すべてが予定通りなのだから。
「孝太くんに伝えたいことがあって……」
 この半年でボクたちの呼び名は名字から下の名前へと変化していた。
 ゆっくりと振り向くと、耳まで赤く染めた芳野麗子が泣きそうな顔をしてボクを見つめている。次の言葉を彼女が放つのを、ボクはいまかいまかと待ちわびていた。
「わたし、孝太くんが好きなの……」
 震える手を胸に当て、消えそうな声でそう言う芳野麗子。どんなシチュエーションでなにを言われるか分かっていたが、ゲームのなかのキャラクターに言われるのと実際の想い人に言われるのとでは重みが違う。
 身体中の血がドクドクと脈打ち、いままで味わったことのない幸福感で卒倒しそうになる。なんとかそれを堪えてボクは静かに彼女に歩み寄った。




[*前] | [次#]





short
- ナノ -