テーブル席に通され、チャーシュー麺をふたつ注文する。
ミー子はなにが物珍しいのかきょろきょろと落ち着きなく目を動かしていた。
「ミー子はここら辺に住んでるの?」
「はい。この土地で産まれ、この土地で育ちました」
俺がグラスの水を飲み干すのを見て、ミー子も一口分グラスを傾ける。
「家はどこにあるの?」
「家はありません」
「えっ」
「昨夜出てきたばかりです。長い間籠っていたのですが、大人になるために飛び出してきました」
もしやミー子はどこぞのお嬢様なのだろうか。箱入り娘として育ったが世間を知るために家出してきたとか、そんなところだろうか。
俺は彼女と一緒にいて本当に大丈夫なのかと先程とは違う理由で不安になってきた。
「親御さん心配してない? 今頃ふたりともパニックなんじゃない?」
恐る恐る尋ねる俺に、ミー子は首を横に振る。
「家族はいません。父と母は行きずりの恋で、母はわたくしを産んでしばらくしてから亡くなりました」
とても自然な口調で、ミー子は言った。
そういえば玄関先で「行くところなどない」と漏らしていた。なんだか複雑な家庭状況のようだ。それ以上なにも聞けなくなる。
黙り込んだふたりの間を埋めるようにチャーシュー麺が運ばれてきた。
白い湯気の漂うそれを興味津々といった様子でミー子が見つめる。
「これはなんですか?」
「ラーメン……って、え、食べたことないの?」
「初めてです」
やはりミー子は箱入りお嬢様なのかもしれない。
割り箸を手渡す。まじまじと割り箸を見つめたまま動こうとしないミー子をよそに、俺は箸を割ってラーメンを啜り始めた。
俺の動きを黙って眺めていたミー子は同じように箸を割ったものの、いつまで経っても動こうとしない。
不思議に思って視線を上げる。そこには、俺の手元を見ながら一生懸命に箸の持ち方を研究するミー子がいた。
「……箸持てないの?」
「はし………」
お嬢様というのは食事すら使用人が口に運んでくれるのだろうか。庶民の俺には理解できない。
手を伸ばして箸の持ち方を直してやり、使い方を説明する。駄目だったら店員にフォークでも持ってきてもらおうと思っていたが、ミー子は予想外に飲み込みの早い奴だった。
ぎこちなくだがラーメンをつまみ少しずつ啜り上げる。
発言は意味不明だし外を裸足で歩くような女だし、てっきりもっとトロいのかと思っていた。