04


 シンプルなワンピースに凶器を隠しているような気配はない。瞬時に俺は決断し、女の手首を掴んで勢いよく引っ張った。
「きゃっ!」
 急に腕を取られバランスを崩した女は危うくベッドから落ちそうになり、片手を突いてなんとか立て直したもののしたたかに膝を打ち付けた。じわりと罪悪感が沸き上がるが下手な同情は危険だと慌てて気を引き締める。
 無理矢理玄関まで連れていく俺に女は目を白黒させている。ドアを開けると俺は強い口調で言った。
「なにがセミだ、ふざけやがって。いますぐ出ていけ!」
 俺の剣幕に押されて女が萎縮する。恐怖は時間を経て怒りへと変わり俺の脳を煮やしていた。
「俺がセミを助けるところを見てこんなことを思いついたんだろうが、悪ふざけにしちゃあ度が過ぎてるぞ。出ていかないなら警察を呼んでやるからな」
 敵意に満ち溢れた言葉で責め立てられ、朗らかな笑顔は消え失せてしまった。くしゃりと顔を歪めて悲しみを堪えるように唇を噛む。
 泣かれるだろうか。
 強引にでも追い出そうと思っていた数十秒前の俺がすでに怯んでいるのを自覚した。元々俺は意図的に女に冷たくするなんて勿体無いことはできない人種なのだ。
「行くところなどないのです」
 小さな肩が震えている。
 ざわざわと気持ちが波立って、負けてしまいそうになる。
「あなた様に会えたら、もう元の姿に戻れなくても構わないと約束したのです。掃除も洗濯もお料理もします。話し相手程度に思ってくださって構いません。決して長い期間ではありませんので、どうかお側においてください」
 懸命に頭を下げる女。白いワンピースから覗く膝が赤くなっている。
 視線をどこに置けばいいのか分からずさ迷わせていると、少し離れた部屋の住人が訝しげにこちらを伺っていた。男の怒声やら女の泣き声やらが漏れている部屋。不審に思うのは当たり前だろう。
 慌てて扉を閉める。女は顔を手で覆い俯いたままだ。
 ぐったりと肩を落とすと、裸の足が視界に入った。
「あんた、靴は?」
「………くつ……?」
 履いてこなかったのだろうか。とにかく、いまは持っていないのだろう。
 男の怒声に怯えて肩を震わせながら懸命に側に置いて欲しいと頼む裸足の女を、怒りに任せて追い出せるほど俺は非情になれなかった。




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