その日の放課後、芹香に付き合ってもらって雑貨屋を見て回ったり鯛焼きを食べたりしながら時間を潰したあたしは、午後7時を回ったところで彼女と別れた。
シオリが歌っていた時間帯に、シオリが歌っていた場所へ足を運ぶ。
アルバイトが入っている可能性もあるし、そもそも今日は歌いに来ないかもしれない。会える確証なんてどこにもなかった。
それでも来ないではいられなかった。またシオリの歌が聴けるかもしれないと思うと自然と鼓動が速くなっていく。どうしてももう一度会って、彼女と仲良くなりたかった。この出会いを、たった1日の気まぐれにしたくなった。
何度か忙しなく辺りを見渡したところで、あたしの視線はピタリと止まる。いままさにケースからギターを取り出そうとしている彼女が、そこにいた。
胸に手を当て深呼吸をひとつする。流れてきた秋風が茶色の髪をくすぐっていく。
あたしは静かに、シオリに向かって歩き出した。
少しずつ縮まっていく距離。まっすぐに見つめた瞳は決して彼女からそらさなかったけれど、彼女がそれに気付くことはなかった。
シオリがあたしの存在を確認したのは、彼女の目の前であたしが立ち止まったときだった。
まだ準備中であるシオリを、至近距離から座りもせず見下ろすひとりの女子高生。怪訝な様子で目線を上げた彼女は、顔を上げたところで目を見開いた。
「き、昨日はどうも」
平然と会話をするはずだったのにどもってしまった。口のなかが乾いてうまく言葉にならない。改めて対面するとなにから話していいのか分からなかった。
あなたのことが気に入りました、かっこいいなと思いました、友達になってください。頭のうえに並べてみるとどうにも子供っぽくて、ますます口が重たくなる。なにか言わなくちゃと思うほど言葉は遠のいていく。
シオリは頭を掻いてなにやら考えている。どうしたものかといった様子だ。背中を緊張が走った。
「馬鹿ねえ、また来たの」
沈黙を破ったのはシオリだった。
かけられた言葉の内容に焦って目をさ迷わせたけれど、呆れたような口調は思いがけず優しかった。視線を上げると、困り顔であるはずのそれはどこか穏やかでもある。
あたしは慌てて口を開いた。
「お礼、ちゃんとしてないもん」