02


 また、桂の噂を聞きつけた上の学年の女子数人が教室を訪れたときのこと。
 目の回りを真っ黒に囲った濃い化粧。ぐるぐるに巻いた髪が胸元で揺れている。
「うわスゲー、マジじゃん! ババアの家にある人形みたいだよ!」
 言い方に棘があるのは僻みからくるものらしい。様子を眺めていたクラスメートたちがカチンときた様子で顔をしかめたのは、仲間意識というよりかは、自分たちの密かな自慢の種にケチをつけられた苛立ちのようであった。
 当の桂は嫌な顔をするでもなく、かと言ってニヤニヤしながら自分を見つめるどこぞの先輩に臆するでもなく、まっすぐに視線を返している。
 けれどもそのうち溜め息混じりに眉を寄せ、ひょいと肩を持ち上げて言った。
「臭いです」
「……は?」
 クラスメートたちがギョッと桂を見やる。相手は先輩で、あの外見だ。
 ざわめく室内で黒髪の美少女だけが平然としていた。
「だから、臭いです。ひどいにおい。ちゃんとお風呂に入ってください」
 顔色ひとつ変えず言ってのける桂。対照的に、向かい合った女子生徒は怒りに顔を歪ませ肩を震わせた。ワナワナ、という表現はこういうときに使うのだと思った。
「あんたね、なに言ってんの!? 高い香水の香りすら分かんないの!? 馬鹿なんじゃない?」
「あら、香水は体臭を隠すためのものでしょう。こんなにきつく臭わせなくたって、きちんとお風呂に入って綺麗に体を洗えばよろしいのに」
 ヒステリックに声をあげる女子生徒に対し、桂の声音は静かで穏やかだ。嫌味というよりは、まるで親切心から来る忠告といった口調である。それがまた彼女たちの精神を煽った。
「てめえ、ちょっと顔がいいからって調子乗んじゃねえぞ!」
 派手な装飾を施した指先が伸びて、桂のブレザーにかかる。踵が浮き上がり、小柄な体はすぐに軸を失った。
 殴られる。誰もがそう思ったであろう。
 駆け巡る緊張のなか、仲裁に入るべきか迷った。あまり関わりたい雰囲気ではないのは事実だが、他学年の生徒がわざわざ見学に来るほどの美少女が泣き崩れる様など、誰が見たがるものか。
 だが、その綺麗な顔に危害が及ぶことはなかった。
 胸ぐらを掴む女子生徒の手首に、白く細い指がかかる。それは高圧的なビビッドカラーのマニキュアにも怯むことなく、きつくきつく力をこめて巻き付いているのだ。




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