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「自分で行けばいいだろ」
 なにげない返答に友人はうなだれる。
「それがさ、俺……今日デートなんだよ。ずーっと片想いしててめちゃくちゃ頑張ってアタックして、ようやく約束取り付けた子と。今日が駄目になったら次があるかどうか……」
 なるほど、そういうことか。
 友人の姉が勤めている店は風俗店やラブホテルが建ち並ぶ、市内で一番大きい歓楽街にあるらしい。家とは逆方向であり、正直あまり気乗りはしない。
 しかしながら、つい数分前に今日は暇だと口を滑らせてしまった手前、ここで断るのはあまりに薄情な気がした。体格の良い男が腰を屈め手を合わせ、ひたすら懇願の体勢をとっていることへの同情もある。
 そっと視線を移してみる。河本と菅はやはり目をそらしたままだ。助け船は出ないらしい。
 大きく吸い込んだ息をそのまま吐き出して俺は覚悟を決めた。
「仕方ねえなあ。その子とうまくいったらなんか奢れよ、絶対」
「うおおっ、ありがとう小野田! なんでも奢らせてもらいます!」
 感謝してもしきれないといった様子の友人が、先程とは違った意味合いで泣き出しそうな表情を浮かべる。話がまとまった時点で、いままで無視を決め込んでいた河本と菅がようやく輪に加わった。
「いやあ、小野田くんは優しいですなあ」
「本当ですなあ」
「バカ、調子良いんだよお前ら。さっきまで思いきりスルーしてたくせに」
 大袈裟な素振りで俺の肩を抱く河本たちに、わざとらしく拳を振り上げる。揃って頭を庇う動作をするふたりがおかしくて、素直に俺は笑う。
 そうやってふざけあっているうちに予鈴が鳴り響いた。繰り返し礼を言う友人を席へと戻し、ようやく俺もマフラーを外すことができる。
 桂が自分の席に着きながらこちらに振り返った。片手を上げて合図すると、口元に小さく笑みを浮かべ手を振ってくれた。
「ほんとお前ら、早く付き合えばいいのに」
 呆れたように呟く河本に苦笑して桂から視線を外す。今日の放課後は断りをいれなくちゃいけないな、と脳の隅でぼんやりと思った。




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