26


 
 マフラーで隠しきれない頬に冷気が刺さる。時間にルーズな方ではないが、12月にもなるとどうしても朝がつらくなる。
 あくびを噛み殺しながら俺は学校への道程を急いでいた。遅刻にはならないだろうと思うのだが、携帯電話のアラームを止めたあとにもう一度眠ってしまったことが手痛い。
 秋口の一件以降特に変わったことが起きるでもなく、桂との関係は平行線をたどっていた。
 ピアノの演奏を聴くこともあれば、なにをするでもなく遅くまで他愛のない会話をしたりもする。時折桂がアルバイトが入っていると言って先に帰宅したり、俺が友人たちとの約束を取り付けたことで音楽室での時間が無くなることもある。それをお互いがどうこう言うことはない。外野に言わせれば交際しているようにしか見えないのであろう俺たちは、相変わらずただの友情で繋がっていた。
 桂との距離で悩んだことも、俺にとっては過去の出来事となっていた。
 階段を上り教室の入口をくぐる。いつもより少々遅い登校時間。クラス内には見慣れた顔が揃いつつあった。
 桂は教室の奥で女子グループと談笑している。わざわざ近付いて声をかけずとも、そのうちあちらから寄ってくるだろう。
 窓際の方向へ目を向けて、俺は思わず首を傾げた。親しくしている友人のひとりが河本たちに向かってなにやら必死に頭を下げている。
「おはよー」
 不思議に思いながらも近寄って行くと、そいつが勢い良く振り向いた。哀願の色が顔に浮かんでいる。河本と菅は何故かさっと俺から目をそらした。
 不穏な空気である。
「小野田、今日の放課後暇か?」
「え、まあ、別に暇って言やあ暇だけど……」
 しっかりと両肩を捕まれて、いまにも泣き出しそうな目に問われる。あまり深く考えずに答えてすぐに後悔した。目の前の友人からは面倒事の匂いしかしない。
 すがるような視線にたじろいで、思わず後退する。
「じゃあさ、俺の姉ちゃんにケータイ届けてくんないかな」
「は?」
 短い言葉で疑問を示すと、目の前の友人は情けなく眉を下げた。
 詳しく聞いてみると話はこうだった。友人の姉はキャバクラで働いていて、今日も仕事が入っている。その姉の仕事用の携帯電話が自分の携帯電話とよく似ていて、間違えて持ってきてしまった。それを仕事が始まる前までに届けないと激怒した姉になにをされるか分からない、と友人は頭を抱えていた。




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