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 ぼんやりと思惑を巡らせていると、河本と菅が下から覗き込むように見上げてきた。
「オノくんさあ……今度こそ笹原さんとられちゃうかもよ」
 オノくん、などと中途半端な名前の切り方をするのは菅。
 何度否定しても議題に挙げられるのは俺と桂の関係について。
 河本と菅はやたらと俺たちの仲に口出しをしたがる。高校に入って親しくなった友人が、ある日唐突に学年一の美少女と仲良くなったものだから面白がっているのだ。
 俺は苦笑を浮かべながら今日もパターン化した台詞を口にする。
「とられるもなにも、俺たちただの友達だし」
「はいはい、出たよ小野田のオトモダチ宣言」
 河本がしらっとした目で俺を切り捨てる。もう何度目になるのか分からないやりとりに、俺は複雑な気持ちで溜め息を飲み込んだ。
 桂のことはそれなりに好きだ。多分、付き合ってなどと桂から言われたら即答で了承するのだと思う。
 けれども、これが恋心と呼べるものかと問われたら俺はそれにはっきりと頷ける確証がなかった。友情の裏に隠れた下心やミーハーな気持ちだと言った方が正しい。つまり「笹原桂の彼氏」というポジションに少なからず憧れを抱いているだけなのだ。そこらへんに転がる男子生徒と同じように。
 純粋に友情を求める桂と、どっちつかずの立ち位置でぬるま湯に浸かる俺。
 河本たちからすれば焦れったいふたり組なのかもしれないが、俺たちの気持ちは正反対を向いているようにさえ思う。
 隣にさえ居れたらそれで、なんていじらしい気持ちではない。現状に甘んじてそこにある日常を楽しんでいるだけ。
「別にお前がそれでいいなら構わないんだけどさ」
 俺の代わりに溜め息を落としてくれたお節介な河本が、頭を掻きつつ視線だけをよこす。その目が思いがけず真剣なものだったから、笑って誤魔化すことができなかった。
「自分が笹原さんの隣にいることがこれからも当たり前にあるなんてこと、思わない方がいいと思うぞ」
 笹原さんが誰を選ぶかなんて、そんなの笹原さんしか分からないんだから。
 河本のまっすぐな意見が胸を突いて呼吸が苦しくなった。腰まで浸かっていた温度の低い湯が、どこからかゆるゆると抜け出していくのを感じた。




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