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 あからさまに目をそらされたことなど気にする素振りも見せず、片手でメールを打ちながら河本は言った。
 脳裏をよぎるのは入学当初に桂が作ったいくつかの伝説。誰かがまた彼女の逆鱗に触れてしまったのかと思うと、背中が寒くなった。
 あのときは遠い存在だった桂だが、いまは俺が彼女の一番近くにいるのだ。
「あいつ、なにかやらかしたのか」
 至って真剣に投げた質問のはずだった。けれども、まるで見当違いの反応だとばかりに大袈裟な素振りで河本が振り返る。
 まじまじと俺の顔を眺めてからたっぷりと眉間に皺を寄せ、それから大きな溜め息と共に肩を落とした。
「お前さ……、笹原さんがそこら辺に転がってるような女子高生とは人種が違うってこと、たまに忘れてるよな」
「どういう意味だよ」
「笹原さんを呼び出すって言ったら、好きです付き合ってください、に決まってんだろ」
 額を手で押さえつつ呆れ顔で河本が説明する。そこまで言われてようやく、確かに俺がまるで逆方向の発想をしていたことを思い知らされる。
 4月の中頃までは毎日のように男子生徒に囲まれていた桂だが、その変人ぶりが知れ渡ったことに加え、俺と親しくなってからは自然とその手の声はかからなくなっていた。交際はしていないと友人には否定していたが、四六時中一緒にいる俺たちを、俺や桂にまったく関わりのない生徒がどういう風に見ているかは想像に難くない。
 河本の指摘は正しかった。桂がまるで当たり前のように俺の隣にいるから、俺も桂が隣にいることをごく当たり前な生活の一部として見るようになっていたのだ。
「昼休み始まってすぐに見かけたけど、ありゃバスケ部の神崎先輩だな」
 パック入りの牛乳を片手に割り込んできたのは菅だ。彼が言っているのは例の、桂を呼び出した男子のことだろう。
「爽やかな感じのオトコマエですらっとした長身、目立ちたがるタイプじゃないけど後輩思いの優しくて誠実な先輩……って話だよ」
「あー、聞いたことある。結構隠れファン多いだろ、そのひと」
「そうそう」
 今朝と同じように勝手に話し出すふたりを一歩引いたところから眺める。菅の言葉を頼りに記憶を探れば、あまり校内の有名人情報に詳しくない俺でも容易に顔を思い浮かべることができた。
 確かに整った顔立ちをした先輩だ。
 桂はいま、あのひととふたりでいるのか。




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