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 西川先生が退職した、と突然の知らせを受けたのは、もう随分と秋も深まった頃だった。
 ご家族の方の体調が優れないようで、看病に徹するそうです。いかにもといった理由を事務的に説明する担任の声は、教室内にあがった驚きの声であっという間に掻き消される。
「なあなあ、知ってる? 西川センセの噂」
 嬉々とした表情で話しかけてきたのは隣の席の菅義文だ。真偽のほどは置いておくとして、芸能関係から校内のあれこれまでやたらとこの手の噂話に精通している。
 俺の前に座る河本も身を乗り出して輪に混ざってきた。
「なんかさ、うちの学校の生徒とイケナイ関係になっちゃったらしいよ。その発覚を恐れて逃げるように退職したって話」
「西川さん、気が弱そうな顔してたもんなあ」
 河本が腕組みをしながら頷く。その場で俺だけが納得できずに首を傾げていた。
 生徒に嫌われるタイプの教師ならまだしも、穏やかな印象の強い西川先生に関してこういったネガティブな噂が広まっているのは意外だった。あまりにイメージにそぐわないのだ。
「けどさ、発覚を恐れて仕事辞めちゃうような臆病なひとなら、初めから生徒と関係持ったりしないんじゃねえの」 俺の発言にふたりが顔を見合わせる。それもそうだよなあ、などと菅までが言い出したため思わず苦笑いを浮かべた。
「どうせならもうちょっとそれっぽい噂仕入れろよ」
「体育の丸山とか?」
「あー、あいつ女子の太股ガン見だもんなあ」
 日頃から女好きと陰口を叩かれる教師の名が挙がり、3人で声を出して笑った。
 すっかり空気の乱れてしまった教室内に、担任はこれ以上話を続けることを諦めたらしい。ホームルーム終了の挨拶を適当に済ませ、さっさと職員室に戻って行った。

 昼休みも半分ほど過ぎた頃、俺は教室内に忙しなく視線を巡らせていた。女子グループとの昼食が終わればいつも真っ先に俺のもとにやって来るはずの桂が、いつまで経っても現れないのだ。
 声をかけてきた数人の女子の輪に交ざり、和やかな雰囲気で昼食をとっていた桂を見たのはつい数十分前の話。先程まで確かにいたはずの彼女の影はいまはどこにも感じられない。
 落ち着きのない様子の俺に、目の前で携帯電話をいじっていた河本がニヤリと唇を持ち上げる。
 正面でぶつかった視線を慌てて外した。
「笹原さんならお呼び出し」
「呼び出し?」




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