09


 
 クリームパンを頬張りながら、友人の河本雄輔が思いきり眉間に皺を寄せた。
「なんだそのびっくり展開は」
「それは俺が聞きたいよ」
 昨日のカラオケで隣の部屋にいた他校の女子と仲良くなった、と鼻息荒く話す彼に、俺は笹原桂にピアノを演奏してもらった、とポロリと漏らしたところ、掴みかかる勢いで食いついてきた。
 人が集まりだした教室内、笹原桂はまだ登校していない。
「あああ悔しいっ、俺も音楽室にケータイを忘れてさえいれば!」
「お前は他校の女子といい感じなんだろ」
「馬鹿野郎、遠くの他校女子より近くの笹原桂だ。しかも笹原桂の方が比べるまでもなく美人なんだ、他校女子には最早ひとつのメリットもない」
 お前なんかにそこまで言われる筋合いはその子だってないだろうよ。
 喉の奥まで出かけた言葉はそのまま飲み込んだ。途中から白紙になっている現代文学のノートを写している最中に、持ち主の機嫌をこれ以上損ねるのは得策とは言えないだろう。
 昼休みが終わってすぐに始まる現代文学の授業を眠らずに受けられる河本を、俺は密かに尊敬していた。
「それでそのあとどうなったの」
「なにが」
 彼の言葉を流しながら、さらさらとノートに文字を書き連ねる。シャープペンで紙を引っ掻く感触が俺は好きだった。
 だからあ、と語気を強めて彼が続ける。
「一緒に帰ったのか? 手は繋いだのか? まさかもうキスまでしちゃったんだぜなんて言わないよな」
「はああ?」
 今度ばかりは俺も顔を上げた。明るい色の髪を揺らして河本が俺を伺い見ている。
「だってそうなるでしょ。素敵展開のあとに待ち受けてるのは、男女ふたりのめくるめく恋物語だって相場が決まってる」
 平然とそんなことを言い出す彼に目眩すら覚える。
 笹原桂としばらくふたりきりで過ごしたというだけで、周りに知られたら面倒なことになりそうな話なのだ。下手な尾ひれをつけるのは勘弁してもらいたい。
 シャープペンを置き、そばにあったパックジュースに持ち変える。ストローを啜ると口のなかにオレンジの香りが広がった。
「期待にそえなくて申し訳ないけどな、俺は笹原さんとなにもしてないぞ。なにもしてないどころか、そもそも一緒に帰ってすらいない」
「うええ、マジか!」
「マジです、大マジです」
 同じフレーズを昨日もどこかで使った気がする。




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