表通りのカフェはランチタイムも架橋を越えたともあって、人もまばらだった。 大きなガラス張りの窓側を避け、半個室になっている奥の座席で二人はひっそりと向かい合っていた。 「あの……多奈川くん、本当にすみませんでした」 忍は注文したコーヒーが来る前に深々と頭を下げた。 これには先程まで怒り心頭だった多奈川も驚きの色を浮かべる。 それから訝しげに顔を歪めた。 「何のこと?何に対して謝ってんの?」 「今までのこと全部、です。もっと早くに謝りたかったんだけど、合わす顔がないというか、二度と目の前に現れない方がいいのかもと思ったりしてて……でも今日会えたから、だから……」 俯きながらぼそぼそと理由を話す忍に、多奈川は苛々した。 いつか四條がやきもちを焼かせるために多奈川とは正反対の忍を選んだと話していたことを思い出す。 確かに相容れない男だ、と内心頷く。 忍も数ヶ月ぶりに再会した青年に緊張した。 元々美しい人であったが、最後に会った時に比べてその美しさは格段と違っていたからだ。 今も伏せた瞳を覆う睫がくらりとするくらいの色気を帯びていた。 さらりとした薄いブラウンの髪も艶やかでベージュのチェスターコートがよく似合っていた。 寝癖を直しただけの髪で野暮ったいダッフルコートを着てきた自分とは大違いである、と感心した。 「そんなことより、何であんな場所にいたの?あそこって……ゲイの風俗店、みたいなとこだよね?」 忍は咄嗟に顔を上げて口を開いたが、言葉が出ずまた下を向いた。 多奈川がたまたま大通りを歩いていると、どことなく見知った男が裏道に入っていったのだ。 今の男は誰だろう、高校の同級生?大学で見かける人?と暫し悩んでふ、と思い浮かんだ。 そしてその裏道の先はどんな場所かも同時に思い出し、急いで後を追って見ると、風俗店の前で躊躇している忍がいたのだ。 多奈川は話して、と語気を強めた。 するとぽつりぽつりと訳を話した忍に目を丸めることになる。 自分は経験がない、だから練習するしかなかった。 「それで……ああいうお店なら練習できるって思って……」 「ばっかじゃない!?本当に馬鹿!あんた馬鹿!」 「ひゃっ……ご、ごめんなさい」 「何であんたはいっつもぶっ飛んだ発想するの!?特に自分のことに関しては無頓着すぎ!そのせいで誰かが傷つくとは思わないの!?」 多奈川の怒号が辺りに響く。 幸いにも気に留めるような客はいなかったが、普段の多奈川からは考えられないことだった。 それだけ怒りが頂点に達していた。 忍はただただ恐縮するばかりで、瞳にはうっすら涙が膜を張っている。 一度怒鳴り散らせば幾分か落ち着きを取り戻したようで、多奈川は一息吐くと冷静に話し始めた。 「このことは蛍ときちんと話し合った方がいい。そもそもえっちだって二人の問題なんだから二人で解決しなよ」 何で僕がこんなことを、とぶつぶつ文句を言いいながらも真面目に多奈川は諭した。 けれど忍はその言葉にきょとんとしていた。 「えっと……その僕はえ、えっちについて悩んでるんじゃなくて……」 「はあ?だってさっきそう言ったじゃない。経験がないからって」 「あ、はい。そのえっちの経験もないんですけどそうじゃなくて、そのほ、奉仕?と、言うか」 「だからそれは二人で解決しなって。蛍に教えてもらえばいいんじゃない」 馬鹿馬鹿しいと言いたげに多奈川は大きな溜息を吐いてコーヒーを一口飲んだ。 すると忍は小さくそれはできません、と言った。 「これ以上四條くんに呆れられたくないんです」 「いや、それくらいで呆れないでしょ。寧ろ喜ぶんじゃないの。特に蛍みたいなタイプはさ、恋人が初心だと」 「はあ……でも僕は恋人じゃないですし……」 多奈川はもう一口飲み込んだコーヒーを噴き出しそうになった。 「え?何言ってるの?恋人じゃないって?別れたの?」 「別れるも何も僕は四條くんの恋人だなんて、一度もなったことないですよ?」 全く話が呑み込めない様子の多奈川に忍は誤解だと必死に何度も説明をし、数回目にしてようやく理解してもらえた。 「待って、なら何で一緒に住んでるの?しかもやってることはやってるんだよね?」 「えっと、それは四條くんが一緒に住まないかって言ってくれて、今は四條くんのお世話させてもらって、ます」 至極恥ずかしそうに、だが嬉しそうに忍は言った。 どこに喜ぶポイントがあるのかと多奈川は不気味に思う。 「世話させといてえっちもしてるって……セフレ以下じゃん。嫌だとは思わないの?」 「えっちはしてないですよ!四條くんの処理をお手伝いしてる……というか、僕を使ってもらってるんです!」 つまり四條との行為はセックスではなく性欲処理なのだ、と忍は言い切った。 何度目かの驚きに多奈川はついに声さえ出なかった。 「付き合ってないのはわかった。でも体の関係はあって、それはえっちじゃなくて蛍の処理をしてるだけ……そういうこと、なの?」 一つ一つの単語に忍はうんうん頷き、最後の問いかけに力強くはい、と答えた。 多奈川は卒倒しそうな程、思考がショート寸前だった。 << >> |