あの夏のキャンプ以降も、作曲家の彼とは相変わらず狩る狩られるの関係だった。ただやっぱり、最後の一人になると依然として笑顔でわたしの元まで駆け寄ってくるから呆気に取られる。わたしの足元に跪き擦り寄ってくる彼に容赦なく一撃を食らわせると、硬直時間の合間を縫って投げキッスを飛ばして来るのでたじろいだ。目が合えば嬉しそうな表情を見せてはにかむ。その表情に胸がきゅっと詰まり、つい攻撃の手を止めてしまった。


「…君も懲りないね」


ハッチから逃げようと思わないの?と、未だにわたしの足元にむいむい埋まってくる彼に訊ねてみる。作曲家はふと顔を上げて上目遣いにわたしを見遣ると、ゆうるり優しい笑みで頷いた。ぺた、ぺた。貼られたスタンプに自然と目が行く。彼自身の似顔絵スタンプと、その隣には以前のイベントで全員に配布されたわたしのイラストスタンプ。思わず目を丸めて静止した。


「なっ、そ、…んんっ!」


仲良く二つ並んでいるそれを見詰めてじわじわ。顔に熱が集まるのを感じながら咳払いで誤魔化してみる。いつもだったらとっくにダウンさせて吊ってるのに。それすらもせず顔を逸らして固まってしまったわたしを気に留めているのか。作曲家が心配そうな素振りでウロウロとしてわたしの顔を覗き込むので堪らない。


「もう!いいから早く帰りなよっ!」


そう叫び、未だ消えない顔の熱を紛らわす様にして彼をダウンさせる。そのまま貼られたスタンプを剥がして捨てると、作曲家は「ああぁ」と絶望感漂う声音で悲しげに項垂れていた。しゅん…と落ち込んだ様子の作曲家を拾い上げ、直ぐに椅子を通り過ぎる。キョトンとした顔でこちらの様子を伺う作曲家の視線に気付きつつ、わたしは敢えて正面を向いたまま小さく呟いた。


「…ハッチまで送って行ってあげる」


そう告げたわたしに、作曲家はパァァ!と表情を明るくして喜んだ。その反応に気恥ずかしさが込み上げて来て堪らず顔を逸らす。ハンターである自分がサバイバーをハッチまで送って脱出を手伝うなんて、初めての事だった。今までは何が何でも全吊り、虚無鬼はしても優鬼は絶対しないがマイルールだったのに…。絆されている、と思った。この、頭上でフワフワと浮いてわたしを見つめ続ける、一人のサバイバーに…。


「…あのさぁ?どうしてそんなにわたしに懐いてるの?」


ハンターに懐くなんて命知らずだねと、わたしが前を向きながら訊ねると彼はすかさず答えてくる。…あなたの事が好きだから、なんて。凄く神妙で真剣な声。思わず顔を上げて彼の方を見てしまった。少し照れた様な表情と視線が合う。はにかみ混じりにへへへと笑っていて、それがまた酷く愛らしく見えたのに頭がクラクラとした。パチン。そのタイミングで風船が割れて作曲家が地面に落ちる。顔を背けつつ、わたしはフラつく足取りでパっと彼に背中を向けた。


「…」


どうしよう。とてもじゃないけど顔を見れる様な状況じゃない。瞬間移動で逃げてしまおうか。それともいっその事投降の方が早いかなと。あれこれ考えている間にもポスン。背後から優しく抱き竦められ呼吸が止まる。もう一度、確かめるみたいに。彼の唇が好きだと囁いた。反射的に彼の方を振り返れば、僅かに屈んだわたしの顔をそっと彼の手の平が捉える。一瞬の静けさの中、近付いた距離に頭が沸騰するのを感じた。あっ…と声を洩らし硬直したわたしを見て、彼はにっこりと微笑みゆっくり距離を取る。眉尻を下げて、酷く寂しそうな顔。切なげなその視線がわたしを射抜き、またねと優しく訴えかけていた。


「…うん、またね」


フレデリックくん、と。実はもうずーっと前に調べて知っていた名前を、漸く口に出して紡いだ。何だか凄く照れる物があり、わたしは直ぐに俯いてしまったのだけれど。当の本人はもっと照れたみたいに、珍しく耳まで真っ赤にして石化しているから意外に思う。


「…照れてるの?」


そう茶化せば、困ったみたいに手の平でわたしを制して顔を逸らす。ふふ、変なの。キスくらいじゃあ全然照れてなさそうだったのに。


「…わたしも好き」


どうやら、わたしの方からあれこれと攻められるのには弱いらしい。余裕たっぷりのポーカーフェイスから一変。余計に顔を赤くしながらも、くしゃりと笑ってみせた所が可愛くて。自然とわたしからも笑顔が溢れ出していた。



I never knew what love was until I met you.
君に会うまで、愛とは何かを知らなかったよ。



20231030

14周年フリリク。匿名さまより、作曲家お相手で鯖が大嫌いなのに好かれてしまい困るハンター夢主ちゃん


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