スランプ脱却というやつだろうか。最近のわたしは頗る調子が良くて絶好調だった。ふふふんと鼻歌なんて歌ってみたりしちゃって。ニコニコするわたしを見たリッパーさんが、おやご機嫌でと話し掛けてくる。


「あ、リッパーさん」


そんなに調子が良いなら一緒に協力狩りでもどうかと誘われて一瞬思い悩んだ。協力狩りかぁ…。サバイバーからの通常スタン攻撃に加え、泥あり銃あり何でもありのカオスでハチャメチャなゲームは勝てれば勿論楽しいんだけど。負ければ最後、煽るに煽られてスタンさせられまくるのでその分ストレスも半端ない。わたしではリッパーさんのお荷物になってしまうのでは無いかと思うと正直気は進まなかった。…しかし、リッパーさんが有無を言わせない空気で見詰めてくるので断りにくい。


「…あ、足を引っ張っても、宜しいなら」


そう言葉に詰まるわたしを見て、リッパーさんが声を出しながら笑い飛ばす。期待してますよって、それはプレッシャーなんだよなぁ。一応夜の協力狩りへ行く事になったので、それまでウォーミングアップに励む事にした。よし、全吊りするぞぉ!と、意気込んでゲームに参加したものの。マッチングした待機室には作曲家が準備していて一瞬思考がフリーズする。…彼と会うのは、実にあの一件以来だ。あの時の作曲家の不可解な挙動が嫌でも脳裏を過ぎり若干不安になる。今日もまた追いかけ回されたらどうしよう…。


「…いやいや、あの時はあの時。今は今だもん」


いつ虚無鬼しようがわたしの自由だ。そもそも、彼だってあの時の事を覚えているとは限らない。云々。そんな事を考えている間にもゲームが始まり、わたしはファスチェを引く為サバイバーのいそうな辺りへと向かいその影を探した。隠密するタイプでは無いのか。突然飛び出してきたサバイバーと鉢合わせて目を瞠る。向こうもわたしの存在に気付き、頭上にビックリマークを浮かべて固まっていた。初動で攻撃を振れば良かったのに。驚いて立ち止まった所為でまたもやお互いに見つめ合ってしまう。逃げる事無くわたしを見上げる、作曲家かと…。この状況はなんだか物凄くデジャブだ。まずい。早くゲームを始めないと、またタイミングを逃して虚無鬼と化してしまう。


「…っ!」


意を決して素早い一撃を繰り出した。容赦なく攻撃を振ったつもりだ。けれど、しっかりわたしの動向を目で追い掛け、フライホイールで避けるから流石だと舌を巻く。その攻撃を合図に、作曲家がまるで弾かれた様に走り出し、板場へと逃げ込んだ。板場をグルグルと駆け回り、距離が縮まれば板を倒すし躊躇なくわたしの事も気絶させる。それは正に普通のチェイスで、わたしは内心ほっと胸を撫で下ろした。良かった、案外いつも通りのゲームになりそう。…空振り過ぎて、作曲家をダウンさせるまでに中々の時間を浪費してしまったけれども。

弾む息で作曲家を吊り上げてからちらり。残り暗号機の数を確認して内心で舌を打つ。あと二台はまずい。確実にトンネルは狙いたいし、なんなら恐怖で救助狩りを狙いたい所だ。これでもかと集中力を高め、広い視野で目を凝らす。…耳鳴りはしてるんだけどなぁ。未だサバイバーは姿を現さない。このままだと確実に半分は間に合わないし、まさか九割救助だろうか…。

しかし、耐久が八割に差し掛かっても彼の仲間は姿を見せないので流石に不審に思う。ふっ、と、そこで耳鳴りが消えわたしは勢いよく顔を上げた。ここに来て見捨て…?嘘でしょう。こんなにハンターを牽制して解読時間を稼いでくれた味方をアッサリ見捨てるなんて…正直信じられなかった。これだからサバイバーは嫌いなんだ。平気で仲間を見捨てる割にはアホな行動ばっかり取って。皆我が命一番で。ばっかみたい。飛ばされるのはいつだって、勇敢にファスチェを引いたり救助に来てその身を尽くす優しいサバイバーばかりだ。そんなの、見てるこっちがイライラする。

流石に作曲家が不憫になり、わたしは苦虫を噛み潰した様に顔を歪ませながら作曲家の方を見やった。けれど、目の合った作曲家が余りにも優しげに微笑むから。わたしは毒気を抜かれてポカンと呆気に取られる。今日は元気そうで良かった、と。そうボヤいた作曲家の言葉にはっとした。…確かに、この前会った時は心ここに在らずでどんよりしてたけど…。正に飛んでしまう直前なのに。怒るでもなく、怖がるでもなく、わたしの身を気遣うって一体どんな心境なの?


「…っ、なに、それ」


作曲家の飛んで行ってしまった後をほんの数秒だけ見詰めてから。わたしはぐっと自身の拳を握り締め、一気に解読中の暗号機へと飛んだ。結果は全吊り。最後の一人が命乞いにクルクル回っていたけれど。勿論容赦なく吊ってやった。


「…ふぅ」


おもむろに溜息。気持ちのいい勝利に爆ぜつつ。わたしは一瞬だけ、あの作曲家の最後をボンヤリと思い出していた。



I could die for you.
あなたのためなら死んでもいい。


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