先程のゲームは酷い物だった。ゲートが開いてからの危機一髪救助に気付き絶望するわたしに、容赦なく降り掛かるサバイバーからのスタン、スタン、スタン。心臓が握り潰されるみたいに痛くて、余計惨めな気持ちになる。もう勝ち確なんだからさっさと逃げれば良いのに。エモートして煽り散らかして、一体何が楽しいのか。

どんより。重たい気分のまま次のゲームへと急げば、またもやスタンキャラばかりが並んで準備していて早々に萎える。次負けたらボット戦か…。下手に引き分けになって次も負けるよりは良いのかな。と、分かりやすくため息を吐きながら準備完了ボタンを押した。最早優鬼をする気力も無い。こういうのを虚無鬼というのだろうか。とっとと解読してとっとと脱出してくれ。それでわたしは次、ボットサバイバーをタコ殴りにして勝利をもぎ取る…。ああ、虚しい。


「…はあ」


再びため息一つ。サバイバーに見つかって絡まれてもダルいので、わたしは一人マップの端っこで大人しくしている事にした。かこん、かこん。暗号機は順調に上がり始めている。しかし何故かここで、キンと耳鳴りがしてわたしは眉を顰めた。…可笑しい。暗号機の無い場所を選んで佇んでいるのだから、普通に考えてサバイバーが近寄って来る訳がないのに。うんうん考え込みつつ、取り敢えず場所を移動しようかと振り向いた時だ。目の前にちまっこい影が映り分かりやすくビックリする。


「わあ…!」


つい声を上げてしまい、咄嗟に両手の平で口を押さえた。彼は彼でわたしの大きな声に驚いたのか。目を丸めて固まりながらも、わたしの事をじっと見上げている。な、なに、いつの間にこんな近くまで…。名前、なんだっけ。作曲家という役職名しか覚えていなくて出てこない。一人で悶々と考え込むわたしに、作曲家が一歩、こちらへと踏み寄った。ええっ!?何で近づいて来るのっ…!その挙動に再び驚いてしまい、わたしは反射的に後ずさり「来ないでっ!」と叫び声に近い声を上げた。面食らった顔で再び固まってしまった彼を傍目に、わたしはさっさと早歩きでその横を通り過ぎる。どうせ煽りに来たんでしょ、わたしの事。そうはさせるか!と、そのまま早足で歩き作曲家と距離を開けようとするけれど。彼は彼で一生懸命音叉加速をして追い付こうと着いて来るのでギョッとした。スタンキャラではない、はずだ…。害は無いと分かっていても、粘着されるのはやはり嫌な思い出しかなくて不快である。


「やめて!着いてこないで!」


堪らず走り出すが、それでも作曲家は諦めずに追いかけ続けてくる。かこん。また一台暗号機の上がる音がして焦燥感に苛まれた。まずい、このままだと作曲家に追いつかれてしまう。


「っ…!」


最終手段、瞬間移動。まさかサバイバーから逃げる為に瞬間移動を使う日が来るとは思わなかった。解読中の他サバイバーと居合わせたらと思ったけど…。幸い誰も居なさそうだ。はあはあと肩で息をしつつ、わたしは改めて辺りを見回してみる。…暗号機の揺れ的に、最後の一台が上がるまでにはまだまだ時間が掛かるだろう。


「はああ…ビックリした」


本当、何だったんだ。未だにドキドキとしている心臓の辺りに手を当て、そっとため息。何故そこまで執拗に追い掛けてくるのか分からず混乱してしまう。ハンターとの一定距離を保つ事でスキルが溜まる…んだっけ?いや、違うよなぁ。謎だ…。それにどうしてわたしの居場所が分かったんだろう。心眼が居る訳でも無ければ、彼には占い師の様な力がある訳でもない。道具は持てないタイプの筈だから箱を開けてからの地図も有り得ないと思うし。…こわ。そう不審に思いうんうん唸っていると、少し離れた所で短く通知音が鳴った。あっ、と顔を向けて思い立つ。そういえば、さっきも何処かで通知が鳴っていたっけ。その時はたまたまサバイバーが調整ミスでもしてバチったんだろうと大して気に留めていなかったけど。


「…」


まさか、ね。そう思いつつ、音のした方を一点に見詰めて息を飲む。すると、息を弾ませて走りながら、こちらへ向かって近付いて来る影を捉えまたもや心臓がドキリとした。っ、え…?唖然とするわたしに構わず、彼はわたしの姿を見つけるなりぱあっと表情を綻ばせて。至極嬉しそうな顔で笑ってみせる。つい、逃げる事も忘れてその場に立ち尽くした。先程のわたしと同じ様に。作曲家は大きく呼吸を繰り返しながら、じっとわたしの事を見詰めている。何をするでもなく、言葉を掛けてくる訳でもなく。暫くはそうして、お互い無言のまま見詰めあっていた。


「…」

「…」


…な、なにこの時間っ!?ドギマギとして固まっている間にも、解読は着々と進んでいたらしい。通電の音が高らかに響き渡り、わたしの目が一瞬で赤く光る。流石に怖がって逃げるかと思ったけど。作曲家は相変わらず、熱心な眼差しでわたしの事を見上げていた。…なに、それ。引き留めるのはわたしの筈なのに、何故かわたしの方が引き留められている気がしてソワソワとする。


「…帰らないの?」


他のサバイバー、皆さっさと出て行っちゃったけど。そう訊ねて漸く、作曲家もくるりと背を向けてゲートへと駆け出した。ちらり。足を止めてこちらを振り返る作曲家。一緒に来ないのかと、まるでそう問い掛けている視線に自嘲して軽く首を振る。


「…わたしは一緒には行けないよ。だって、ハンターだもん」


それともお見送りをして欲しかったのだろうか。そんなの、絶対してあげないけどねっ!名残惜しそうにチラチラと、何度もこちらを振り向く彼にはあとため息を吐く。


「…早く帰ってくれない?帰らないなら投降するけど」


そう告げてやっと諦めがついたのか、慌てた様子でゲートから帰って行った彼を見て、漸く安堵の息を吐き俯く。沈んだ表情のまま、わたしはただ黙って作曲家の背中を凝視していた。…変な子。結局何が目的だったんろう。あー、もう、虚無鬼だったのにどっと疲れちゃった。


「…でも、」


解読ミスしてまでわたしの場所を割り出して会いに来るのは、ほんの少しだけ可愛かった、かも…。なんて。不覚にもあの熱心な眼差しを思い出してしまい、今になって心臓がドキドキと爆ぜる。…あーっ!止めよう止めよう。これ以上彼の事を考えるのは。推測するだけ無駄だ。芽生えかけている感情を振り払うみたいに、わたしはブンブンと大きく頭を振り、次のボット戦へ行く為にさっさとそのゲームを抜けた。忌まわしきサバイバーに翻弄されて悩み唸るのは、ゲームの中だけで十分なのである。



I wanna be with you.
あなたと一緒にいたいです。


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