分厚い雲からパラパラと降る雨が、砂浜をしっとりと濡らしていた。今日の天気は雨。初めてナワーブと出会った時と、同じ天気模様。でもあの日程風も雨も強くないので良かった。今日はしっかりと傘を差して、サンダルも脱いでから海の水へと足をつけた。ちゃぷ。波が足元で満ち引きを繰り返していて気持ち良い。柔らかい砂と、静かな波と、傘を打ち付ける心地の良い雨音。そうして遠くの方を見据えていると向こうからやって来た。チャームポイントの背ビレを海面に出して、悠々と泳ぎながら近付いて来るのはきっとナワーブ。案の定、ざぶ、と海水の中から現れたナワーブに、私はニコリと笑いながら手を振った。


「ナワーブ!」


今日はね、ナワーブにお別れをしに来たの。そう告げるとナワーブはしょんぼりした様に俯いて。静かに海岸を歩き始めたのでその後に続いた。2人して足元をチャプチャプさせながら、特に目的もなく散歩を続ける。途中で砂浜に埋もれる白い貝殻を見つけると、ナワーブは波で砂を洗い流しながら手の平いっぱいに貝殻を握り締めていた。


「貝殻探ししてるの?」


こくりと頷いてみせたナワーブに習って、私も綺麗な貝殻がないか探してみるけど。ナワーブ程見つからない。微妙に砕けてたり、色が綺麗じゃなかったり。シーグラスとかあったら良いんだけどなぁ…と目を凝らして短く唸る。残念ながら、私には宝探しのセンスが無いらしい。諦めてナワーブの方を一瞥すると、彼は砂浜にしゃがみ込んで何かやっていた。


「ナワーブー?」


何してるの?と、覗き込んで胸がドキ、となる。白い小さな貝殻を並べて描かれたハートマーク。そして左にはI、右にはUの文字。私の視線に気がついたらしいナワーブが、静かに立ち上がって私と向き合った。人差し指でトンと自身を差したかと思うと、次に両手でハートを作り、もう一度人差し指で今度は私を差す。どきどきと、忙しなく高鳴る鼓動に飲み込まれてしまいそうだった。


「ナワーブ…」


少し照れた様に、頬を掻きながらふいと外方を向いてしまったナワーブ。咄嗟にギュ、と、ナワーブの指を握り締めた。今の私にはこれが精一杯で。ビクリ!大袈裟な程に飛び上がったナワーブが、あせあせと私の反応を伺う。


「…私も、私もナワーブが好き」


しっかりとナワーブの目を見ながらそう伝えたけれど、直ぐに恥ずかしくなってパッと逸らした。ナワーブがゆっくりと私の手を抜き取り、傷がついていないか確認を行う。ほんの少し赤くなっているのを心配するナワーブに平気と笑ってみせた。そんな痛みよりも、今はナワーブと、もう少し触れていたかった。


「…」

「…」


無言で見つめ合う事暫く。私の差す傘にすっと入ってきたナワーブが、私の顔を覗き込みながらちょん、と触れるだけのキスをした。冷たくて固い、唇の感触。それだけで顔が真っ赤になってしまった私を慈しむ様に。傷をつけてしまわない様に細心の注意を払いながら、ナワーブがそっ、と、指の腹で私の頬に触れつつもう一度顔を近付けた。パラパラ。傘の上で弾ける雨の音が、自分の心音と混ざり合って心地良い。


「…ナワーブ」


ナワーブの服を握り締めながら彼の名を呟く。


「ギュッてしても、いい」


ナワーブはやっぱり私の肌が傷付く事を懸念していたけれど。それでも良いと思った。そっとナワーブに寄り添って、顔を埋める。触れ合った箇所がガサガサとして痛い。でも、心の奥からポカポカとして満たされる感覚にほうと息が漏れた。


「すきだよ、ナワーブ」


私の夏休みも終わって、此処に来る事も難しくなってしまうけれど。


「また必ず、会いに来るから」


それまで待っててくれる?そう問い掛けると、ナワーブは小さくだけれど確かに頷いてみせて。もう一度私の唇にそっと口付ける。私の一夏の恋は、優しくて淡い水色をしていた。


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