私はあの日見たピチピチギャルの事が忘れられなかった。曝け出された魅惑のボディと、自信に満ち溢れたあの堂々した表情。凄かったなぁ。私もあんな風にキラキラしてみたいと思って、新しく水着を買ってみた。流石に、あの水着ギャルみたいに過激なビキニは抵抗があったので、下はフリルのついた可愛らしい物を選んだ。でもいざ水着を着て海に来ると、やっぱり気恥ずかしい。流石にこの短期間で弛み切ったお腹のお肉をどうにかする事は難しかった…。薄手のパーカーを羽織っていつも通り、私はレジャーシートの上で体育座りをしながら海を眺めていた。またこの前みたいに、ナワーブがひょっこり顔を出さないかなと期待をして待っていた訳だけれども。あのぉ、と、様子見をする様に声を掛けて来た人物は、ナワーブでは無かった。


「お姉さん、1人?」


な、ナンパだっ!一度くらいナンパされてみたいな〜、と憧れていた(?)ナンパだ。しかしいざ声を掛けられると凄いきょどってしまって。私は警戒丸出しのまま、「か、彼氏居るので」と見え透いた嘘をついた。ナンパしてきたお兄さんはまたまたぁ、と言いながら舐め回す様に私の身体を見て来る。うわ、正直キショいなと思ってしまった。お兄さんの目から隠す様に、パーカーで胸元を抑える。こういう時、漫画やアニメだったら大体意中の人が助けに来てくれるんだけど…と思った所に、私とお兄さんの間に入り込んで来た人物が居て胸が高鳴る。ほ、本当に来たー!顔色の悪い鮫人間という風貌に、正面のお兄さんもギョッとしていた。


「ナワーブ…」


目を見開く私を傍目に、ナンパ男は罰が悪そうな顔でタジタジに笑いながらそそくさと撤退して行った。本当に彼氏居たのかよと、ぽそりと吐き捨てられあ台詞に内心ドキリとしつつ。私はおずおずナワーブへと向き直る。


「ありがとう」


ふい。さっさと私から視線を逸らしたナワーブが、スタスタ早足で海へ向かって歩き出すので慌てて追いかける。


「ナワーブ?」


どうしたのだろう。何処となく今日のナワーブは素っ気なくて冷たい、気がした…。ナワーブ、と、露骨にしょんぼりしながら彼の服の裾を引っ張ってみる。ブスっと不機嫌そうな顔が振り向いて、思わずビクリと跳ねた。


「何か、怒ってる…?」


ソワソワと落ち着きなくする私に、ナワーブがしゃがみ込んで砂浜に何かを書き込む。つられてしゃがみ込んで、黙読。ボーイフレンド…もしかして、勝手に彼氏にされて怒ってるのだろうか。お前の彼氏なんて真っ平ごめんだ!って、そう怒ってるのだと解釈して余計にアセアセとしてしまう。


「ご、ごめんね。断る言い訳が見つからなくて、彼氏が居るって嘘ついたタイミングでナワーブが来てくれたから、どうしてもナワーブが彼氏みたいな状況になっちゃって…」


ごめんね、嫌だったね、と続ける私に、ナワーブは突然はっ!とした顔で私を見やった。


「なに?どうしたの…?」


依然としょんぼりする私と相対して、ナワーブは何処かスッキリとした表情に見えた。首を傾げる私に、ブンブンと顔を横に振るナワーブ。いつの間にか機嫌が直った様だ。今度は軽い足取りで海へと向かおうとするナワーブに、「私も泳ぐ!」と着ていたパーカーを脱ぎ捨てた。どきいっ!と、ナワーブがビックリした様に私を見るので、つられてドキドキとしながらナワーブの反応を伺う。でも結局羞恥心に呑まれて、い、行こっか!とナワーブを追い越して海へと向かへば、どこかオロオロとしたナワーブに抜かし返されてキョトンとなった。まるで足止めするみたく、私の前へと立ちはだかるナワーブ。


「どうしたの?」


どうやら、ちゃんと日焼け止めを塗れと言いたいらしい。来る前に塗ってきたよと告げるけど、信用されていないのか。ナワーブが首を振って頑なに譲らないので、大人しくもう一度日焼け止めを塗りたくる事にする。まぁ、焼けるよりはいっか。持参していた日焼け止めを取り出しつつ、思い立った様にナワーブを見やった。


「ナワーブに塗って欲しいな、なんて」


恥じらう様にしながらチラチラと視線を飛ばす。普段は青白い顔を珍しく赤らめながら、ナワーブが勢いよく首を振って顔を逸らした。ふふ、可愛い。冗談だよと笑うと拗ねたみたいにまた外方を向くのでやっぱり可愛い。からかうのも程々にして、手の平にたっぷりと出した日焼け止めを腕や脚に塗りたくっていく。そのまま首、胸元へと薄く伸ばしてから、背中にめいいっぱい手を伸ばして格闘していると、見兼ねたらしいナワーブが私の背後へと立って優しくペタペタと触れた。ドキリとして首だけで振り向く。至極真剣な顔付きで、ナワーブが私の背中や二の腕などの自分では届かない所に日焼け止めを塗ってくれていた。自分でお願いした癖に、いざナワーブに触れられるとドキドキし過ぎて、何だか日に焼けるよりも暑く感じた。


「あ、ありがと…」


日焼け止めを塗り終えるなり静かに立ち上がって、今度こそナワーブと2人海へ向かって歩いて行く。ちゃぷ、と、柔らかい泥に足が沈んでいく感覚が気持ち良い。この間自殺しに来た時も腰の深さまで浸かっていたけれど、あの時とは全然波の強さが違った。今日の海は凄く穏やかで、きちんと水着を着てきた事もあり身体も身軽に感じる。そのまま少し温めの海水に浸りながら、ナワーブと一緒に波に揺られていた。


「気持ち良いね、ナワーブ」


浮き輪でも持って来れば良かったなぁ。そう零すと、不意にナワーブがちゃぷんと海の中へ潜り込んで行ったので慌てる。「ナワーブっ?」突然居なくなってしまったのが不安でキョロキョロ辺りを見回していると、突然身体のバランスが崩れて驚いた。ザブン、と、顔を出したナワーブにお姫様抱っこされていて、思わず彼の腕の中で縮こまる。


「な、なわー、ぶ」


夏の日差しから庇う様に、ナワーブが私を見下ろして影を作っていた。浮き輪代わりのつもりだろうか。そのまま海の中でユラユラと揺らされて、ついキャッキャと声を上げる。ナワーブの顔が近い。ドキドキとしながらナワーブを見詰めているとカチリ、視線がぶつかって一際心臓がドキッと跳ねた。


「あいたっ」


しかしザリっ、と、不意に太もも辺りで何かが擦れてヒリヒリとする。もしかしてナワーブの鮫肌だろうか。一瞥すると擦り傷みたいに皮膚が赤くなっていて、同じく視線をやって気付いたらしいナワーブがはっとしながらそっと私を下ろした。申し訳なさそうに俯くナワーブに、大丈夫だよ!と言うけれど。ナワーブは依然と浮かない顔。


「…ね、ナワーブ」


明日の夜、一緒にここで花火しない?そう訊くと、漸くナワーブが顔を上げて私の方を見た。…こくり。時間を空けてから小さく頷いたナワーブに、私は自身の表情がぱあっと綻ぶのを感じた。


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