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落とし物 01

男は朝から歩き続けていた。大切にしていた万年筆を落としてしまい、探し回っていたからだ。

どこか見つけにくい場所に落としてしまったのか、あるいは既に誰かが拾ったのだろうか…。昨日歩いたはずの道を辿って、見つからないままかれこれ2時間が経った。
歩き疲れたし、きっともう見つからない。そろそろどこかの飲食店で一休みしてから帰ろうか。そう思いつつふと視線を上げると、タイミングよく小さなカフェの看板が視界に入り込んだ。
店の名前なのだろう、『Flow』と綺麗な飾り文字を組み込んだローマ字が筆記体で書かれている。
はて、こんな場所にカフェなんてあっただろうか?あんまり小さな店だから、今まで見落としていたらしい。

お洒落な外観は若い女性が好みそうなもので、四十路も目前の男が1人で入るには些か勇気が必要だったが、そんなことに構っている余裕すらなかった。
恥を忍び思い切って木製のドアを押す。

チリーンチリーン。

小気味いいベルの音が男の疲れた体を癒やし、後押しするように響いた。
外観通りに狭いけれどお洒落で綺麗な店内。ドアと同じく、テーブルやイス、食器棚…どれもが暖かみのある木をベースに作られたもので纏められていて、間接照明がふんわりと包み込むような光が照らしている。

「やあやあ、初めて来る人だね。いらっしゃい!」

店の奥から出て来た店主らしき男。
声からすると、まだ20代後半ぐらいだろう。見た目で判断するのは難しい。
というのも、年齢が一番出やすい目元が白い包帯で隠れているからだ。
片目でなく、両の目が、だ。

「コーヒーをご所望かい?」
迷いなくカウンターの向こうに立った店主はカップを男にちらつかせ、おどけたような、歌うような調子で問いかけた。
「ああ、美味いのを頼む」
「任せてくれ。君の好みはお見通しさ」
「…そうかい?それは楽しみだ」
「ふふふ、ちょいと待ってておくれよ」

包帯はただの飾りなのでは?本当は包帯の隙間から見えているのではないか?
そう疑ってしまうほどに、店主が慣れた手付きでコーヒーを淹れる用意をしていく。
そうして目の前に置かれたカップには、真っ黒い水面。
初めて会った人間の好みがわかるはずかない。そう高を括って、男は口を付けた。


 
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