Novel/Series

白い海を越えて 01

ぽたり、ぽたり。
コーヒーの抽出される微かな音が耳に届く。
師匠は店でお客さんの相手をしていて当分キッチンには来そうもなくて、少しでもこの退屈さを和らげようとひたすら黒い水面を眺める。
「…はあ」
さっきからもう何度目かの溜息を吐いて、手元にあるカップの淵を指先でなぞった。

シンプルな、装飾も柄もない、真っ白なカップ。以前ミイサさんにコーヒーを出したときに使ったものだ。
彼とはあの後何度か会ったものの、ここ1週間ほど顔を合わせていない。
いつもなら、何だかんだで3日に1度ぐらいは店に来ていたものだから、少し…ほんの少しだけ、心配だ。
あの人はすぐに無理をするから。自分を省みようとしないから。それなのに、人のことはしっかり見ていて、優しい言葉をかけてくるから。
嫌いだ。
嫌いなのに…出来ることなら今すぐ会いたいと願ってしまうのは、きっと、暇を持て余しているから…のはず。

しばらくして、コーヒーの水滴が落ちる音は、いつの間にか降り出したバケツをひっくり返したような雨の音に掻き消されてしまった。
キッチンの小さな窓の向こうは薄暗く、人通りもまばらだ。
俺は既に退屈を通り越し、憂鬱な気分になっている。
「…あー、暇だ…」
「まだ業務時間内だろう、もう少し頑張りなさい」
「……げ、」
なんでこの人は、こうタイミングよく来るのだろうか。

「…ミイサさん…」

突然の雨に降られたらしく、頭から靴の先までぐっしょりと濡れた彼は、セットが崩れて目元にかかった前髪をうざったそうに掻きあげた。
「…すまない、少し雨宿りさせてくれないか」
「それよりシャワー浴びた方がいいっスよ。案内するんで付いてきて下さい」
「悪い…」
「そんなのいいっスから、早く!」

思わずミイサさんの手首を掴み、キッチンの奥…住居スペースである二階へと続く階段を昇る。二階に上がってすぐのドアを開けて中に入ると、脇にあるドアの中にミイサさんを押し込んだ。
「石鹸とか勝手に使っていいし、タオルと着替えは後で持っていくんで、ちゃんとあったまってて下さいよ!いいっスか!?」
「あ、ああ…」
俺の勢いに圧されたらしく、ドアの向こうからは戸惑った返事が返ってくる。だって、風邪とかひかれたら…また会えなくなる…じゃなくて、気分悪い。対処が悪かった俺のせいみたいじゃないか。


 
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