02
「ここは変わらないんだな」
「…ここは店じゃなくて、ただのキッチンだから。お客さんに見えるとこだけ変えればいいって、師匠が」
「そうか」
換気扇が回る音と、ゴポゴポと湯の沸く音だけが、静かなキッチンに響く。
どんな客が来ているのか、店の方から声が聞こえることもない。
俺が用があるのはあくまで店主であり、年の離れたセリと共通の話題があるはずもない。仕方なくコーヒーを待つ間、役所の机に残してきた書類をどう片付けるか考えることにした。
ここの店主は魔女との取引をした男だ。
俺はそういう危険な能力を持つ人間を監視し、監視対象が能力を濫用すれば罰する役目を負う、『監視員』という仕事をしている。
能力の濫用は魔女との取引違反でもあり、俺たち監視員がいなくとも、いずれ魔女自身に裁かれる。…ただし、違反者は例外なく命を落とすことになるが。
違反者とはいえ、国民の命を簡単に奪われてはならない。
そこで、国は魔女と手を組んだ。
数年前のことだった。
決して少なくない能力の所有者全てを魔女が監視することは不可能。魔女の代わりに、国から派遣する役人が罪の深さに応じて違反者を裁く…。
それが、『監視員』だ。
時には非道に、監視対象の命を奪うことさえも視野に入れた仕事。現に数日前にここからずっと北の町で1つの命が消えている。
…いつからだろう。
俺たちは国民の間で『狗』と呼ばれるようになっていた。
「…ミイサさん?」
いつの間にかセリが俺の顔を覗き込んでいる。思考に没頭していたらしい。
「カフェオレですけど、どうぞ。マズくはないと思いますよ」
「ありがとう。いい香りだ」
鼻をくすぐるミルクとコーヒーの香りに、思わず口元が緩む。カップに口を付け味わっていると、らしくもなく、セリがおずおずと話かけてきた。
「…あの、ですね。今日は帰って下さい。アンタ、寝てないでしょう。顔色悪いし、目が死んでる」
「…まあ、忙しいのは確かだが。死んでるとまで言われるとはな…」
「それ飲んだら帰って寝て下さい。今日のミイサさん、イマイチ覇気がなくて気持ち悪いんスよ」
ふてくされたように顔を背ける店員。もう少し素直なら可愛げもあるのに。
「…仕方ないな」
頷いて見せると、彼は安心したように笑った。
← →
≪