Novel/Series

セリ 01

『君の好きにするがいいさ。おれは何も言わないよ』

痛いほどの視線が、俯いた俺の頭のてっぺんに突き刺さっていたのを、今でもハッキリと覚えてる。

…彼の眼窩は空っぽのはずなのに。


冬は水が冷たい。ハンドクリームなんてお洒落な物は持っていただろうか。冷え切って痛みさえ感じなくなった指先に少々不安を持ちながらも、シンプルな白い皿を丁寧に洗う。
他にもティーカップやスプーン、フォーク…テーブルも拭かなきゃいけない。まだまだ仕事は終わりそうにもなくて、つい溜息が漏れた。

店の様子はどうだろう。ふと思い立って耳をそばだてる。
「…あれ?」
さっきまで店の方から何人かの女性客に混じって聞こえてきた一人分の男の声が聞こえない。

水を止め、エプロンの裾で手を拭きながらキッチンから顔を出そうとした所で、目的の人物がこちらに向かってくるのが見えた。
「師匠、カウンターはいいんスか?」
「…そうだな、お嬢さん方は今内緒話に夢中なようだからね」
口元に薄く笑みを浮かべ、師匠…この店の店主はキッチンの入口にもたれかかる。ふわりと揺れる長い銀髪に視線を奪われそうになって、慌てて、彼の目が『あった』…今は白い包帯が巻かれている辺りに目をやった。

ふ、と短く息を吐いた師匠がゆるりとこちらに顔を向ける。
「セリ、皿洗い終わったらコーヒーを淹れてあげよう。早く終わらせておいで」
「…!ハイ!」
「ふふ、いい子だね」
師匠に笑いかけられて、萎えかけていたやる気が急に力を取り戻した。コーヒーにつられたのは悔しいけれど、本当に師匠が淹れるコーヒーは美味しいから仕方ないよな。


師匠の能力の高さを象徴するような、一人一人の好みに合わせて淹れられたコーヒー。

初めて『Flow』という店に足を踏み入れ、あの一杯を飲んだ瞬間の感動を俺は未だに忘れられない。
あの日から毎日この店に来て、「弟子は取らない」と言い張る師匠に土下座までして、やっと弟子にしてもらった。
いつか、師匠に負けないぐらい美味しいコーヒーを淹れて、師匠を負かすのが俺の夢だ。

ただ…俺には力がなかった。


 
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