Novel/Series

04

「これは…」
「おれの能力さ。素晴らしいだろう?」
いつの間にかカウンターに入っていた店主が男に席を勧める。
「有り得ない」
「現実さ。ただ君の世界とおれの世界の常識や秩序が違うだけでね。おれの世界では当たり前のことだよ」
「世界…」
「例えば、そうだね…そちらには魔女はいないんだろう?」
コトリ。
店主がカップをカウンターに乗せる。受け取ったカップの縁を親指でなぞりながら、男は眉根を寄せた。
「…お伽話だな」
「こちらにはいるんだよ」
「…冗談はよしてくれないか?」
「冗談?とんでもない!」
店主が笑い飛ばした。

「君…この包帯、気になっているんだろう?」
両の目を隠す白い帯を指先でつまみ、男に問う。
「まあな」
「おれの瞼の下はね、からっぽなのさ。生まれた時には眼球もあったがね、視力がほとんどなかった」
カップから立ち上る湯気が店主の顔を歪ませる。口に運ぶと、ほのかな花のような香りが男の心に安らぎをくれた。
「ただの硝子玉なんていらないからね、魔女にあげたよ。代わりに彼女は素敵なものを授けてくれた」

それはそれは優しく店主の手が包帯の上を行き来する。幼い子供の頭を撫でるように、優しく、優しく。

「他人の欲求を視る力をね」

「先週、君は休める場所を求めていた。だからこの空間を喫茶店に変えた。そして万年筆を探していたから、あれを渡した。今日君は本屋に行こうとしていた。だから本屋にした。そういうことさ」
「…すごいな」
男は溜息と共に心からの感嘆をもらす。それを感じ取った店主は満足げに胸を張った。
「だろう!まあ、大金が欲しいとか恋人が欲しい、みたいな欲求はおれにはどうしようもないがね。……ああでも、」

店主はそう、男の耳元に唇を寄せて。

「…っ!帰らせてもらう!」
男はカウンターに一番大きな額の紙幣を叩き付け、逃げるように店を飛び出していった。
その表情は見えずとも、店主を誤魔化すことはできず。

「ふふ、あちらの人間は初心だねえ」

店主の楽しげな声が、静かな店に消えていった。


 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -