Novel/Short-Short

届かぬ愛の歌

「ありがとうございましたー」

笑顔でマニュアル通りの接客をこなした目の前の店員に、買ったばかりの黄色いビニール袋を投げつけたくなった。

袋の中身は1枚のシングルCD。俺にとって、世界で一番キライなアーティストの作品だ。

聖(ひじり)。

今最も注目される新人シンガーソングライターだと言われている彼は、力強いロックから甘く切ないラブバラードまで、幅広いジャンルを歌うことから、若い男女から高い人気を得ている。
聖はこれまで一度も顔出しをせず、歌手としての実力だけでここまで駆け上ってきた。そんな彼が初めて出演したPVのDVDが初回限定版のみで付いているこのCDは、きっと次のCD売上ランキングで上位に入る。
そしてその整った顔を見て、更に売上が上がるのだろう。

俺は、それが気に入らない。
俺の反対を押し切ってあのキラキラした世界に、単身飛び込んだアイツ。
俺だけを愛していると言ったのに、不特定多数の人間に愛を歌うアイツ。
俺だけのモノだったのに、遠く手の届かない存在になってしまったアイツ。

好きで好きで、やっと気持ちが通じあって…嬉しくて、何度も電話したしメールもした。アイツの下手くそなキスも、熱い手のひらの感触も、昨日のことのように思い出せる。いつか有名になったら会いに来るから、と笑って東京へ行ったアイツをいつまでも待つつもりだった。
でも、もう限界だ。

ポケットの中のアイツとお揃いのストラップが付いたケータイ。それを引っ張り出して、アドレス帳を開き、トップに出た名前の電話番号を押した。

『………一哉?久しぶり』

変わらないハスキーな声。コイツはこの声でどれだけの人を魅了してきたんだろう。

「聖(さとし)…」
『うん?』
「愛してる」
『俺も、愛してるよ』
「別れよう」
『…え?』
「じゃあな」

通話を終えて、着信拒否。この間引っ越したことは聖と面識のない友人と学校、それから家族にしか伝えていないし、気休めだけれど口止めもした。
…もう、アイツと会うことはない。

手のひらから袋が滑り落ちて、カシャン、と音を立てた。


 
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