Novel/Short

02

男の手を引き剥がしてリビングと対面式のキッチンへと勝手に向かう。何だかんだ言いつつ従ってしまうこの性分が憎い。
「冷蔵庫の中、使いますよー」
「……んー」
覇気のない返事に、思わず俺まで脱力してしまった。もう少しシャキッとしてくれないだろうか…。
溜め息を吐きながらも冷蔵庫を開ける。…ちょっと予想はしていたが、まともな食材がほとんどない。米びつを覗くと米はあったので、ご飯を炊いて味噌汁と卵焼きを作ることにした。
ああ、ご飯が炊けるまでの間にやらなきゃいけないことが。ケータイをポケットから取り出して電話をかける。不機嫌そうな声で電話口に出たバイト先の先輩に今まであったことを話すと、店長に言っておくから今日は休めとのこと。ありがたい。
電話を切って炊飯器の様子を見ると、あと十分という表示が出ていた。味噌汁はさっき作ったので、卵焼きに取りかかる。そういえばあの人、卵焼きはしょっぱい派だろうか…それとも甘い派?ま、どちらにせよ文句は言わせないけどな。

間もなく出来上がった料理を、男が身を横たえているソファの傍のテーブルに並べる。すると、食べ物の匂いに釣られたのか、男はのそのそと起きだした。
「大したもの作れなかったけど、どうぞ」
「…いただき、ます」
行き倒れるような人間にも食前の挨拶をするぐらいの常識はあるらしい。…なんて言っているうちに、みるみる茶碗の中身は減っていき、味噌汁は空。卵焼きもあと一切れだ。行き倒れの食欲、すげえ。
「ご飯と味噌汁のお代わり、いります?」
聞くと、男は口にご飯を詰めたまま無言で頷いた。

炊飯器も手鍋の中身も綺麗さっぱり米粒一つなくなって、男が「ごちそうさま」をしたところで皿を洗う。なんて楽な皿洗いだろう。
「…うわ!?ちょっと…なんですか?」
水の流れる音で男が背後に来ていたことに全く気付かなかった。男は緩慢な動きで、俺の腰に巻きついて肩に軽く顎を乗せる。何だなんだ、何をしたいんだ、この人。
手を止めて男の次の行動を待ち構えていると、男の唇が動いた。
「ありがとう」
耳元で低く囁かれて、思わず鳥肌が立つ。
「ど…どういたしまして…」
しどろもどろになりながらそれだけ答えると、男は満足げに小さく笑った。

男が体に巻きついたままの片づけを終え、リビングへ戻る。ソファに座っても男は俺から離れなかった。
俺の肩にもたれている顔を横眼で覗く。間近でちゃんと男の顔を見るのはこれが初めてだ。肩甲骨辺りまで伸びた髪と顎髭のせいでものすごく胡散臭く見えるが、顔立ちは男らしく整っている。これで行き倒れてなかったら、好感度高かっただろうに…。



 
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