Novel/Short

02

俺の部屋は三階の五号室。角部屋で昼間の日当たりもよくて気に入っている。
「…ここが、瀧野さんの家…」
そう言って、擬態語にしたら『ほわぁ』だとか『ふわぁ』だとかいった風に笑った片山をソファに座らせて、俺は台所へ向かう。冷蔵庫に入っていたウーロン茶をグラスに注いで差し出すと、ありがとうございますとまた笑った。
よく笑う奴だ。感情表現が豊かで、他人の感情を読み取ることにも長けている…。どうやら俺とは真逆の性格をしているらしかった。

ちびちびとウーロン茶を飲んでいた片山が口を開く。
「瀧野さん…本当に、俺のこと忘れちゃった?」
「…悪い、思い出せない」
脳内のどの引き出しを開けても、片山に関する記憶はなかった。でも、彼が俺の名前を知っているということは、必ず過去に関わりがあったということだろう。
「そうだよね、もうあれから十年以上経ってるんだもんね」
「十年…?」
俺が二十代の頃…おそらく片山はまだ小学生ぐらいだったはずだ。
「ねえ、賢兄ちゃん」
「…!お前…」

すっかり掠れて見えなくなっていた記憶の欠片が鮮明に蘇る。
あの頃、俺はまだ実家で暮らしていた。その半年後には家を出て独り暮らしを始めていたが、家事を親に任せていられたので今よりは随分心にゆとりがあったと思う。
実家の隣の家には丁度今の俺ぐらいの年齢の夫婦とその一人息子が住んでいた。夫婦は共働きで、夜遅くまで帰って来れない日が多々あったが、まだ幼い子供を独りで置いておくことはできず、よくうちに預けられていた。
その子供が、幼き片山聡太である。
仕事が終わって帰ってきた俺に纏わり付き、遊んでほしいとせがむ少年。そのいじらしい姿にどうにかして構ってやろうと思ったものの、年下の兄弟もいなかった俺には子供との接し方などわかるはずもなく、彼を満足させることはできなかったと思う。

…その少年が青年となって、今俺の前にいる…。

「思い出して、くれたの?」
不安そうにこちらを窺う目。あの時、仕事帰りの俺の機嫌を探ろうとしていた目とよく似ている。
「…ああ。大きくなったな、聡太」
腕を伸ばして少し茶色く染められた頭を撫でると、片山は気持ち良さそうに目を細めた。


 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -