Treasure/Novel

誕生日プレゼント/黒屋オセロさんより

がちゃん!
盛大な音が響いて、リノリウムの床に陶器が飛び散る。
小さく息を吐いて、落ちて砕けたマグカップを命(いぶき)は片づけ始める。

「不吉だ……このマグカップ、落としても割れないってうたい文句だったのに。柘榴(ざくろ)さん並にしぶとかったのに」

「なにか失礼な一言が聞こえたような……? 命くん?」

「気のせいですよ。またなにか変なもの拾い食いしたんですか?」

「どうして今日、そんな機嫌悪いのかな……柘榴さん傷ついた」

机に突っ伏し、煙草を銜えたまま、柘榴はひどく憂鬱そうに呟いた。命が不機嫌な理由は柘榴が一番理解している。それなのに、まるで知らないかのような態度でしらばっくれるのだから、命の怒りのボルテージは益々あがっていく。思わず手に持っていたマグカップの破片を投げつけようかとまで思ったほどだ。
事務所は相変わらず閑古鳥が鳴き、命が引き受けてくる依頼で辛うじて成り立っていた。静かな田舎町に、探偵事務所など無用の長物で、普通の依頼などそれこそ年に一回あるかどうかだった。貧乏からの脱出は、まだまだ遠い。

「誰かさんが、年末も目前なのに仕事の一つも貰ってきてくれないから、年越しもなにも出来ないんですよね。今年はお雑煮もおせちもなし……それどころか、クリスマスももやしとかで過ごすことになりそうですね」

「え……」

命の溜め息混じりの言葉に、怠そうに突っ伏していた柘榴が素早く反応した。上体を勢いよく起こし、絶望に瞳を揺らして、慣れた手つきで床を掃除する命を見つめる。

「クリスマス……“魔女の心臓”の特製クリスマスショートケーキ……立葵さんに買ってあげるって、約束して……」

「そんな予算どこにあるんですか。自分の通帳見てからそういう冗談は言ってください」

「ううっ……殺される……立葵さん悲しませたら天竺葵さんに殺される……」

「俺も死にたい心境ですよ〜……今月の家賃払えなかったら、アパート追い出されるんですから〜」

乾いた笑いが室内を満たす。外の空っ風もこれほど冷たくはないだろう。そんな冷え切った空気が場を支配していた。

「……命くん」

「はい」

「降参。僕は悪かった、ごめん。今から問屋行って来ます……」

「……! 本当ですか!?」

命の表情が途端に明るくなる。無邪気な笑顔が柘榴の目に眩しい。思えば、あの大きな“仕事”以来、命の底抜けに明るい笑顔を見ていなかった。自然と柘榴の口元も笑みに緩んだ。
外は相変わらず芯まで凍りそうな空っ風が吹いている。コートの襟を立てて、柘榴は小さく身震いした。

「じゃあ、留守番よろしくね命くん」

「はい! 行ってらっしゃい、柘榴さん」

命の素晴らしい笑顔で見送られながら、柘榴は事務所をあとにした。

命は、あとで柘榴を無理矢理問屋に行かせたことを後悔することになる。
しかし、この時の命はアパートを追い出されずに済むことに心の底から安堵していた――。






セロたんこと、黒屋オセロさんから誕生日プレゼントにリクエストさせていただいた素敵小説ですよー、ぐへへ…!命くんと柘榴さんの掛け合いがかわいくてほんわかします〜。
このお二人はセロたんがオフで出されたコピー本のお話に出てくる方々です。ご本は現在完売のご様子ですが、再販や続編の予定もあるそうなので、その際は是非とも読んでいただきたいです。本当に面白いので!
セロたん、本当にありがとうございましたー!


 
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