Novel/Long

07

「ほらよ」
「おー、サンキュー」
何がそんなに嬉しいのか、ニコニコしながらグラスを受け取る孝之のローテーブルを挟んで向こう側に腰を下ろす。
瑞樹にとって家の中に他人を入れるという行為は、あまり好きにはなれない、というより嫌いな行為である。しかし、不思議と孝之に対してはそれを感じたことはなかった。特に何か話すわけでも相手に気を使うわけでもなく、ただお互いの深すぎる所には触れない…そう、まさにこのテーブルを挟んだ距離程度の間を保ちながら付き合う。それが二十年以上孝之を懐に入れて過ごして来れた理由の一つかもしれない。

そろそろ仕事に行く準備でもするか、と腰を浮かせた時、孝之が瑞樹の名前を呼んだ。
「二日くらい前かな…久野さんに会ったよ」
「…元気そうだったか?」
「うん、お前のこと気にしてた。久しぶりに顔が見たいって」
「そうか。後で電話しとくわ」
「…うん。…じゃ、お前そろそろ出勤みたいだし、俺帰るね」
「おう、ありがとな」
「ちゃんと連絡しろよなー!」
孝之の吸ったタバコの匂いを残し、玄関の扉が鈍い音を立てて閉まった。

レストランへ向かう道すがら、自分の保護者を務めた男の顔を思い浮かべる。
久野政基は、瑞樹との血縁関係にこれっぽっちも掠ってすらいなかった。だが、確かに瑞樹に義務教育を受けさせたのは彼であったし、成人した今も何だかんだとおせっかいを焼いてくる。
恩は感じている。人間的にも嫌いではないし、むしろ尊敬にあたるとさえ思っている。
それでも、自分の知る限りの理由では血を分けていない他人の子供を、あそこまで面倒を見てくれるというのは瑞樹には理解も納得もできなかった。

筑紫と久野…二人の男への複雑な気持ちに、腹がムズムズするような不快感を感じながらも、仕事は怠らない。例えこれがどんな怪我をしていても、どんなに気分が乗らなくても…だ。
これが中学を卒業してから職を変えつつも常に働いてきた瑞樹の、馬鹿なりの仕事への姿勢であった。
「瑞樹ちゃん、久しぶりに喧嘩した?ほっぺた腫れてるよ」
裏口から入ってきた瑞樹の顔を見て、店長が顔をしかめる。孝之は慣れたもので何も言わなかったので忘れていたが、筑紫に殴られたのだった。
「うーん、その顔じゃフロアは無理だねぇ。氷使っていいから裏で皿洗いしてくれる?」
「了解っす」
「瑞樹ちゃんいないとつまんないから俺も裏入ろうかなー」
「店長がいないと岡田が右往左往して使えなくなりますよ」
「ああー…それもそうか…。仕方ない、今日は岡田君いじって遊ぶから、瑞樹ちゃんは早くそれ治すんだよ?」
「すんません」
最近バイトで入った岡田君をロックオンした店長に背を向け、瑞樹は流しへと向かった。


 
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