Novel/Long

05

「悪い、適当にくつろいどいてくれ」
「ああ」
視界でチャコールグレーのスーツがすっと動き、さっきのベッドルームへ続くドアとは別のドアの向こうへと消えていく。瑞樹はその後姿を見送ってから、手近にあった茶色の革の長ソファへ体を沈めた。
「おお…」
硬すぎもせず柔らかすぎもせず、素晴らしい座り心地であった。思わず横になってみたり、そのまま寝返りを打ってみたり、遠慮の『え』の字もなくくつろぐ。

しばらくして、電話を終えて帰ってきたらしい筑紫の顔が背もたれ越しに覗いた。
「お前、くつろぎすぎじゃねえの?そんな所で転がってると据え膳だと判断して襲うぞ?」
瑞樹は頭上の小憎たらしく整った顔が呆れた色をしているのを、軽く一瞥して背もたれとは逆側に向かって寝返りを打つ。
「そっちがくつろげっつったんだろ。それにしてもいいソファ使ってんな…やっぱ金持ちスゲーわ」
「そんなに気に入ったならやるよ。あんま使ってねえし」
「いらねーよ。部屋に合わないどころか入んねーよ、こんなデカイの」
「ああ、エコノミーか」
「そうそう、エコノミーな。だから来んなよ」
「ま、そのうちな」
「チッ」
「舌打ちすんなよ、下品だぞ」
「俺みたいな庶民には品も糞もねーんだ、よっと」
体のバネを使って勢いをつけて起き上がる。いきなり起きるなと筑紫が文句を言っていたのは聞かなかったことにした。

「そういえば、さっきの電話な。アレ急かしの電話だったんだよ。予定が狂ったから早めに来てくれって」
「へえ、じゃあ俺帰るわ」
「追い出すみたいで悪いな。外に車待たせてあるから」
「いらん。ここの場所さえわかれば自分で帰る」
「そうか?」
そう言って、筑紫が口に出した地名は期待通りの高級住宅地で有名な場所だった。
「駅からはそう遠くないから、外に出りゃ大体わかるはずだ」
「了解。じゃあな、二度と会わねえことを期待しとくわ」
「明日もレストランで会おうな」
「…もう、店長に頼んで出禁にしてもらおうかな…」
「まあ…無理だろ。気を付けて帰れよ」
「へいへい」

玄関の大きな扉を出て、そこがマンションの一室だったことに気付く。こんな金持ちマンション、他に誰が住むんだ、と心の中で唾を吐きながら廊下の隅にあるエレベーターに乗った。一階に着くとだだっ広いエントランスを抜けて外に出、振り返ることなく大きい道を探して歩く。

そんな瑞樹の姿を瞬き一つなく見つめる男の存在に気付く者は、誰一人いなかった。


 
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