Novel/Long

01

椎名瑞樹は薄暗い部屋の中、目を覚ました。

どこかのベッドルームらしく、置いてある物は、瑞樹が座るベッドの他にはランプの乗ったサイドテーブルと小さなクローゼットだけ。
もちろん自分の住む狭いアパートではない。我が家の居間にトイレと風呂、ついでに台所を足したとしても、この部屋の広さに敵わないことに『格差社会』という無慈悲な言葉が浮かぶ。
「くっそ、何なんだってんだ…」
気絶する直前、聞き覚えのある声がしていたことだけはハッキリと覚えている。その声の主なら、これだけ広いベッドルームの一つや二つ、持っていてもおかしくはない。記憶の中の男の姿を思い出すと今にも米神の血管が変な音を立てそうで、瑞樹は額を擦った。

「よう、今頃お目覚めか?もう昼だぜ」
足音も立てずにドアを開けて入ってきたのは、丁度今脳内でジャーマンスープレックスを仕掛けた相手だった。
「…筑紫、隆司」



筑紫との出会いは数日前のことだ。

その日は客も少なく、着なれないカッチリとしたウエイターの制服で動き回ることに飽き飽きしていた瑞樹は店の裏口でぼんやりと座りこんでいた。
「今はサボっててもいいけど、呼んだらすぐに来てよー?」
「ウッス」
顔を出した店長に気持ち頭を下げたその時、店の中から皿の割れる乾いた音がした。
「…出番みたいだよ、瑞樹ちゃん」
「ちゃん、って柄じゃねーっすよ」
「柄じゃないからあだ名だけでもかわいくしてあげたんだよ」
「えー…」
くだらない会話をしながらも、二人の足は店内へと向かい…惨状に出会ってしまった。

裏での会話だけを見てしまうと、従業員はちゃらんぽらんなようだが、店自体は所謂高級レストランと銘打たれており、そこそこの社会的地位を持つ人間の来店も少なくない。
惨状を引き起こしたのも、そういう人種のようだ。
綺麗に着飾った女性と、向かい合う男性…二人とも相当な美男美女である。ただ、女性の顔は煌びやかな服装に相反して鬼のような形相になっていたが。
さっきの音は彼女がテーブルから皿を払い落とした音だったのだろう。ハイヒールの足元に粉々に飛び散った白い破片、その上に丁寧に盛り付けてあったはずの料理は遥か彼方へとすっ飛んでいる。
ああ、勿体ない。思わず皺の寄った眉根をもんで、瑞樹は問題のテーブルへと近付いた。


 
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