Novel/Long

23

無駄に防御力の高そうな扉を、比企がノックした。
「比企です。…『彼』を連れてきました」
少し…ほんの少し、おそらく一秒にも満たない静寂が訪れる。その静寂は、いつか筑紫の周りに漂っていたものととてもよく似た重みを伴い、瑞樹の身体中にまとわりつく。
「入れ」
扉の向こうからそう声が聞こえて、比企の手によって瑞樹は室内に足を踏み入れることになった。

広い部屋、大きな窓。瑞樹の知らない『社会』という世界がそこに広がっていた。
そして、奥のデスクに寄りかかる黒い影。この男が自分を呼びつけた張本人なのだろう。そう、男の顔を見上げて。
「…え?」
思わず声が漏れた。心拍数がみるみる上がっていくのが自分でもわかる。

「久しぶり、だな。瑞樹」

見覚えのある整った顔。聞き覚えのある低く落ち着いた声。
中学生の頃だっただろうか、何度か会ったことがある。確か、久野の知り合いだったはずだ。
どうして、この男が?
「谷原さん…」
転がり落ちた名前を聞き取った男が、穏やかに微笑んだ。



社長室に隣接した応接間へと通され、ふかふかのソファーに身を沈める。途端、筑紫の家での出来事を思い出してしまい、苛立ちまで一緒によみがえりそうになり、腹の底で抑えつけた。
「いやあ、びっくりしましたよ。谷原さん、お知り合いだったんですか?どんな手を使っても連れて来いだなんて言うからどうするのかと思って戦々恐々としてました」
瑞樹の隣に座った比企がそう笑う。その内容は瑞樹にとっては笑いごとではない。
「それぐらいの心構えで行けってことだ。瑞樹は何をやらかすかわからないからな」
だろ?と視線を向けられて、無意識に眉根が寄る。
「知らねえよ。で?俺何でここに呼ばれたんだ?」
「ああ、それな」
ふ、と谷原の顔からは表情が消え、逆に比企はニヤニヤと笑い始める。部屋の壁際で一言も発さずに身を硬くして立っている不良の表情は、更に硬さを増していた。

「お前、筑紫隆司と交際しているだろう」


 
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