Novel/Long

21

地面に座り込んだまま、ぼんやりと狭い路地の向こうの雑踏を眺めた。道行く人々は、久野を待ちながら見た急ぎ足の人々よりはのんびりと、友人同士や恋人同士、時々親子連れで歩いている。
瑞樹に恋人がいたのはもう何年も前の話で、別れたその時から未練など金魚のフンほどもなかった。
それでも、と瑞樹は思いを馳せる。
優しい彼女は瑞樹にはもったいないほどいい女だった。恐らく瑞樹が無意識に深く付けてしまっていただろう心の傷を、新しい男に癒してもらっていることだけ…それだけは願わずにいられない。

「高宮さーん」
店の中へと声をかけ、早めに上がることを告げた。ちょっとした用事ができたと言うと、新しい彼女でもできたのかとからかわれる。
瑞樹の過去の恋愛を多少なりとも知っているはずの高宮がこうも軽く笑い飛ばすから、余計にあの時の瑞樹自身の中での精算も早かったのかもしれない。

そのまま休憩を切り上げて店へと戻り、接客に専念する。瑞樹の抜けた穴を埋めるため駆り出されていた新人バイトの岡田君が、ほっと安堵の溜め息を漏らすのを横目に、思わず苦笑し、呟く。
「高宮さん、本当に人使い荒いよなあ」
岡田が大きく無言で頷いて、瑞樹は必死に笑いをこらえる羽目になった。
この青年はいつまでここでのバイトが続くだろうか。瑞樹の小さな楽しみができた瞬間であった。



きりのいい所で仕事を終え、そっと裏口から出る。
既に路地の向こうには黒い車が留まっていて、助手席の窓が開いたと思うと比企の顔が現れ、こちらに向かって手招きをする。
「悪い、待たせたか」
後部座席に乗り込み、問う。
「いーや、さっき着いたばかりだ。ナイスタイミングだね」
「そうか」
「ああ。…じゃあ、行こうか」
比企の言葉を受けて車が動き出す。運転しているのはさっきも比企と一緒にいた不良だ。
前に座る二人の後頭部を眺めながら、筑紫の運転を思い出す。この車もきっといい車なのだろう。座り心地も筑紫の車とあまり変わらないように感じる。
しかし、何度乗っても車は好きにはなれそうになかった。


 
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