Novel/Long

18

起こせと言ったものの、いつもの習慣で早くに目が覚める。いつの間にか、眠ったはずのソファではなくいつかのベッドルームに移動しており、身を起こした瞬間に腰に響いた鈍痛に、瑞樹は顔をしかめて筑紫を呪う言葉を吐いた。
のろのろと立ち上がり、キッチンへ向かうと勝手に冷蔵庫を漁る。腹が減っては戦ができない。

「…マジでシケてんな、ここん家の冷蔵庫…」
「悪かったな」
突然背後から筑紫の声がして、それでも瑞樹は焦ることも冷蔵庫の中から目を離そうともしない。
「いたのか」
「さっきからそこのソファで新聞読んでたんだけどな」
「オッサンくせえな」
「また口塞がれたいのか、お前は…」
「いーや、全く」
「ああそう」
意外とあっさり引き下がる筑紫は問答が面倒になったのか、それとも年増の余裕か…。そう瑞樹が考えていると筑紫は何かを感じ取ったらしく、無言で軽く瑞樹の頭を叩いた。

瑞樹は朝は時間さえあれば和食と決めているが、この家には米がなかった。
「お前日本人じゃねーだろ」
「いや、れっきとした日本人だけど」
「米を食え、米を」
からっぽの米櫃と使われた形跡のない炊飯器を横目で眺め、瑞樹が食パンを齧る。バターもマーガリンもジャムもなかったので焼いただけのパンである。その向かいで筑紫は焼きすぎたパンの焦げをむしり取っている。
「家で食事なんて滅多にしないんだよ…外では米食ってるぞ?」
「外食産業は大助かりだなオイ…」
「お前んとこだって少なからず俺のお陰で儲かってんだから文句言うな」
「クッソ、金持ちめ…」
最後の一口を飲みこみながら吐いた悪態は鼻で笑い飛ばされ、瑞樹はコーヒーを啜る筑紫に自分のカップの中身をぶちまけたい衝動を必死に抑え込んだ。



「じゃあな、また今度」
「うるせー変態!」
笑顔で玄関で手を振る筑紫の目の前で、瑞樹は出来る限り乱暴にドアを閉めた。ここに来ると精神衛生上よくねーな、と一人ぼやきながらマンションを後にする。

その後姿を、以前と同じ人影が見送っていた。


 
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