Novel/Long

14

「…嘘、だろ?」
「本当」
「マジかよ…俺海に沈められたりしねえ?」
瑞樹はここ数日で筑紫に吐いた暴言や朝の出来事を思い返す。ただ、その顔は言葉とは裏腹に涼しい表情をしていて、筑紫は苦笑いを浮かべた。
「ねえよ。最近は警察も厳しくてな…ほとんどそこいらのサラリーマンと変わらんことしてんだ」
「あー、アレか。フロントってやつ」
何となく聞いたことのある単語を口にすると、テーブルの向こう側から肯定の意が返ってきた。
「そんな感じ。俺これでも外面は社長サンなんだぜ?」
「うっわ、似合わねー」
「だろ。組の頭と経営の頭って別だと思わねえか?俺の大学時代の専攻なんて法学だぞ?」
「まあ、法学ってのも似合わないけどな…」
「うるせえ」

冗談交じりに愚痴を言う筑紫がグラスに口を付けるのを眺めながら、瑞樹は何か記憶の端に引っ掛かりを感じていた。
「ヤクザ、ねえ…」
「…何だ?組の内情じゃなければ質問にくらい答えてやるぞ?」
「いや…」
ヤクザという検索ワードに小さく引っ掛かる、男の顔。あれは…。
「誰だっけ…?」
「ヤクザの知り合いでもいるのか」
「ああ…多分な。昔の知り合いだと思うんだけどな…顔も名前もイマイチ思い出せねえ」
「へえ」
一瞬目を見開いた筑紫が何かを思い出そうとするかのように頬杖をついて目を伏せる。
「ウチにも丁度お前ぐらいの年の奴は何人かいるぜ。結構優秀だよ、そそっかしかったり口うるさかったりだけどな。今度会わせてやろうか」
「別に会いたかねーよ、そんな奴もいたなってだけで」
「そうか」
筑紫は頷きながら右手で酒瓶を取る。左の手で瑞樹のグラスを手繰り寄せて、酒瓶を逆さにして…最後の一滴まで注ぎ入れた。

「…げ、もうこんな時間かよ…」
瑞樹が仕事を終えてからとうに三時間が経っていて、もう電車も動いていない時間だ。
「泊まってけよ」
チラリと壁に掛かった時計を見た筑紫がグラスを持ってソファから立ち上がる。
「まあお前に送ってもらおうたって酒入ってるし帰りようがねえからな…」
「だな。風呂入るか?」
「シャワーだけ借りてもいいか?」
「ああ。廊下出てすぐの右側の扉な。着替えは適当に用意しといてやるよ」
「悪いな」


 
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