Novel/Long

11

運ばれてきたアジの開きを箸先でほじくりながら、最近は不景気で…だとか、お前は付き合っている子はいないのかなどとたわいもない話をする。
久野の話に適当に相槌を打ち、味噌汁を啜ったところで、不意に筑紫の声を思い出した。
「…なあ、アンタ筑紫ってヤツと知り合いなんだってな」
「ああ、うん。大学の後輩なんだ。今も仕事絡みで交流があってね」
「へえ、アイツって何の仕事してるんだ?」
「…それは、彼自身の口から聞いた方がいい」
「ま、それもそうだ」
そう頷いて見せると、久野が安心したように短く息を吐くのを瑞樹は見逃さなかった。

これくらい奢らせろという久野の言葉に甘えて会計を任せ、先に店を出る。
ガラスの扉の向こうのスーツ姿。あの背中に投げかけたい言葉は沢山ある。『素直になれ』ば、彼を引き留めて正面から問いかけ、伝えることができるんだろうか…。考えて、すぐに打ち消す。彼の元に転がり込んだあの日から既に十年以上経っているのだ、これまで積もり積もった小さなわだかまりはそう簡単には消えるほど甘くはない。
「…どうした?」
「いや、何でもない。飯旨かったよ、ご馳走さん」
「そうか、よかった。…たまにはうちにも帰って来なさい」
久野の手が、自分より少し高い所にある瑞樹の頭をぐしゃりと撫でる。
「…ああ」
「それから、筑紫と高宮さんによろしくな。ちゃんと働けよ」
「わかってる。じゃあな、あんまり無理すんなよ」
「ああ。またな」
瑞樹の肩を叩いて去っていく後姿は、幼い頃見た頼もしい男の背中より一回り小さく見えた。

人の流れを遮るように、ゆっくり足を進める。世間的には普通なのかもしれないが、瑞樹には彼らがどうしようもなく生き急いでいるように見えた。
久野も、その一人に違いない。どうせ生きるなら、自分の好きなように生きたい…現代の若者らしい甘い考えだと言われるかもしれないが瑞樹はそう考えて今の生活をしている。そんな瑞樹とは対照的に、自ら茨の道を進んだのが久野だ。
彼は瑞樹の生き方に口を出さない。むしろ、お前の好きなようにしなさいと背中を押してくれた。
それが瑞樹という個人の考えを尊重したものなのか、それとも瑞樹の生き方に興味がないのかはわからない。頭のいい久野が何を考えているのか、瑞樹の頭ではさっぱり見当が付かなかった。…ただ、孝之と同じように彼との間の距離もまた、瑞樹にとって嫌なものではないということだけは間違いないのだ。

だから、久野に対して強く出られない…彼との関係をハッキリさせたくない…?
いや、そうではない。

「…俺が甘えているだけ、か」


 
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